ラドヤード・キプリングの海山物語 「事実は飛び立つ」その3|イギリス軍人と南の島の民

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ジョン・ファラージ画「サモアにてカヌーを運ぶ女たち」

(訳者より
第一次世界大戦中、イギリス海軍の将校であるダケット、ジェリー、オーガスタス(「水差し」)の3人がドックで雑談しています。
話題はダケットが部下から聞いた話。水上機で太平洋上を飛んでいたバクスター大尉と部下の偵察員が遭難、現地の島民であるペルンガ人と接触します。
ペルンガというのは、このお話の中では明らかにされていませんが、東南アジアあるいは南太平洋の島国と思われます。)

「事実は飛び立つ」その1 その2

「マズいことが起こる。 2人がカヌーに上がると、島民は2人が危険でないと知り、すっかり親切になった。
食い物と乾いた腰布をくれて、ビンロウの実を噛めってのさ。
ビンロウってのはどんなもんだ、ジェリー?」

「愉快で、気楽な感じだ。
元気が出て来て、ツバが赤くなる。
酩酊することはない」

「へえ! 俺は試したことねえよ。
じゃあ、それでバクスターは腰布着けて、赤いツバを吐きつつ、カヌーいっぱいのペルンガの漁師ともども、シャツを風で乾かした。ってこったな? 

で、飛行機だが、バクスターは隣の島の暗礁に固定したと思っていたんだが、これが漂流し始めていた。
機体から目を離すべきじゃあなかったってわけだ。
バクスターは島民たちに、海へ出て飛行機を捕らえてくれるように頼んだんだが、どうするか大層な会議になっちまった。
島民たちは当然、自分たちの奇妙なカミサマに背きたくはないからな。

とはいえ、しばらくすると、1ダースのカヌーを用意してくれた――いや、11艘か、正確にはな―― バクスターは親類への手紙でひどく詳細に書いてる―― 
そして、飛行機を追いかけ、ある島へ引いて来てくれたのさ」

「素晴らしい!」
完璧なる指揮官、ジェリー・マーレットが言った。

「我が軍の機体がどうなったか、心配だったのだ。
バクスターはうまくやれたに違いないな。
腰布は似合わなかったろうが、すぐに着心地よくなったろう。
それで我がペルンガの人たちは、2人をどう扱った?」

「大歓待さ!」とダケット。

「親類への手紙だから、バクスターも少々控えめに書くだろうと思ったんだが、行間を読むと、どうも――ウチの予備員がそこの話を飛ばそうとするのも道理だぜ――
それからずっと、来る日も来る日もまあ、「エデンの園」でピクニックしてたようなもんらしい。

族長に報せが伝わったんで、二人が物見遊山に行くにも護衛が付いた。
バクスターの手紙を読んだ予備員の話から推測するに、護衛は男女ペアの島民たちで、日に2度は一緒に泳ぎに行ったようだ。
夜には音楽会――島唄と寄席歌(※)の競演だ。
代わりばんこにやるのさ。こいつをどう呼べばいい? 
何か対になるもの。電話とかか?」
(※ イギリス大衆音楽)

「ペルンガ人は音楽民族だ! 
彼らのそういう面にバクスターが出会えて、オレはうれしいよ」
とジェリーがつぶやく。

「俺は不満だぜ」
とダケットが言い返す。

「何だって飛行兵ばかりが美味しいところをかっさらう? 
ともかく、だ。バクスターは我が軍の飛行機を忘れちゃあいなかった。
島民に頼んで、ヤツの歓喜の島に引いて来てもらってたんで、夜になるとバクスターと偵察員は音楽の合間に、女たちに無線の電気を体験させてやった。
一度なんか、偵察員に言って入れ歯を島民に見せてな、それを外してみせたら、みんな逃げちまったそうだ」

「それはライダー・ハガードのネタだね。 『ソロモン王の洞窟』に出てくるよ」
と「水差し」が突っ込んだ。

「多分そのネタがバクスターの頭に残ってたんだろう」とダケット。

「それとも」と慎重にほのめかす。
「偵察員が女の誰かとうまくやるのが、気に食わなかったか」

「それなら愚かだね」と「水差し」は手厳しい。
「逆効果だったんじゃあないかな。普通はそうなる」

「まあ、すべてを見通せるヤツはいないさ」とダケット。

「とにかく、バクスターは不平を言わなかった。
2人は何週間もそこで過ごし、共に歌い、水浴びし、 ――そうだ!――賭け事もやった。
バクスターはサイコロも一組作った。
あまり怠けるつもりはなかったようだな。
ヤツが言うにはただの暇つぶしだそうだが、いったい何を賭けたんだろうなァ。
ヤツと知り合いだったらよかったぜ。
ヤツの親類への手紙は色気がなさ過ぎる。
素晴らしい日々だったに違いねえ! 
女に賭けに音楽、アガリはどんどん転がり込む、まるっきり安全だし、きつい仕事もなしときた」

「月明かりの夜には踊りもあるぞ」ジェリーが言った。
「バナナの葉っぱ2、3枚だけ着けてだな―― 気にするな、続けろ!」

「すべてが輝き、美しい日々――それも終わった」ダケットが嘆く。
「ついにペルンガ族の総長がやって来た――」

「我が友人のか? 
だといいんだが。
彼は一級の漁師だ」とジェリー。

「バクスターは言及なしだ。
とにかく、総長が出て来て、2人は宮都の島へ案内された。
母船に送り返されるまでは、そこに留まれってわけだ。

一緒にいる間、あらゆる場面で総長は2人を着飾らせた。
(そこんとこ、親類への手紙でも、バクスターはかなり熱を入れて書いてる。)

だが当然、最初の出会いほど輝くものはない。あるか? 
バクスターと偵察員は、最初に仲良くなった連中と、離ればなれになったと感じたはずだ。
俺もいつもそうだぜ。

そうして二人は、ペルンガ軍の正式衣装に押し込められたわけだが、こいつはどんな感じだ、ジェリー? 
見たことあるんだろ」

「コンゴウインコと、派手顔のマンドリルの合体だな。
なかなか味がある」

(フィジー島民の武者踊りの写真)
(フィジー島民の武者踊り)

「それにも慣れていきつつ、2人は総長と廷臣たちに歌を教えた。
『やあ、どうも! あなたの船のお名前は?』ってな。

2人は汚れた帆船に乗せられて、外洋へ出て、そしてコルモラング号へ帰された。
もちろん、コルモラング号の方では何か月も前に、二人は行方不明になって死んだ、と報告しちまってたから、2人が任務に戻るまでが一騒動だったわけだ。
2人ともペルンガでは髭を伸ばし放題だったし、同じくペルンガ人の服装だ。
当然、コルモラング号に乗っても、自分たちの士官室に行く途中まで、誰だかわかってもらえなかったのさ」

「それから?」と指揮官2人が同時にたずねた。

「バクスターの話はそこで打ち切りだ――親類への手紙でもな。
ヤツは親類に対し、行方不明になって心配かけて悪かったと思っている。
マズかったと思いつつ、ペルンガの総長に寄席歌を教えてやれたことをとても誇りに思っているから、コルモラング号上でちょっとした歓迎会があった、とだけ書いているのさ。
それは真夜中まで続いた、とな」

「あり得るな。飛行機はどうなった?」とジェリーが言う。

「コルモラング号がペルンガへ向かい、無事回収した。
だが、その歓迎会、俺も見てみたかったよ。
それ以上に見てみたいものはないぜ。
歓迎会の1つや2つ、見たことないわけじゃあないんだがよ」

「列車の合図です」
扉の前から需品係将校が言った。

「12時24分の列車か」ダケットがつぶやく。
「間に合うな」彼は立ち上がり、言う。

「明日から3日間、ブタの背中を引っ掻いてくるぜ。じゃあな!」

よく訓練された従者が、すでにダケットの背嚢を持ってドックの端に行っていた。
ジェリーと「水差し」はそれぞれの船に戻り、大声で妬み嫉みの毒を吐く。

ダケットは通路の手すりのところでちょっと立ち止まり、部下のウィルキンス水雷長を手招きした。
彼は平時は穏やかで、顔に白斑のある船乗りだが、数年にわたり、ダケットの怪しげな蓄財に付き合っている。

「ウィルキンス」とダケットがささやく。
「ウチの船の右舷フェンダー(防舷材)、どこから持ってきたんだっけか?」

「浚渫船からであります。
我々がドック入りした時、船全体が眠りこけておりました」
と、ウィルキンスは唇をほとんど動かさずに言った。

「しかし、左舷のは給水船からのものです。
昨夜小舟で、停泊中の我が艦を点検せねばならなかったのであります。
そこで、そうと気づきました」

「よし、よし、ウィルキンス。
暖炉の灯を絶やすなよ」

そう言うとダケットは、従者を追って鉄道駅へ急ぐ。
だが、フロックス号から聞こえる旋律が彼の耳をとらえた。
アコーディオンに合わせて、男らしい声が重く響く。

「大胆不敵の泥棒も 稼ぎに出ない その時は
喉を切り裂く殺し屋も 悪事忘れる その時は
川の流れのせせらぎに 耳を傾け愛でるのさ」

心動かされたのは、良心からか優しさからか、ダケット大尉はドックの門で警官に向かってほほ笑んだ。

(「事実は飛び立つ」完)

(訳者より
ダケットはなかなか一筋縄ではいかない男のようで、横領まがいのことを平気でやる一方、仕事では手柄を立てるのでジェリーらを差し置いて休暇を得ることができた模様。「兵は詭道なり」とも言いますから、悪いこともやれる才覚があるからこそ、軍人として有能であるとも考えられますね。

さて、次回からは「偉大なるストーキー」がスタート。総合軍学校の生徒3人組の悪知恵と冒険の物語。少年時代のキプリングの経験をもとにしたもので、これまた私のお気に入りのお話です。どうぞお楽しみに!)

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くえんと
5 years ago

ペルンガ島民の外来者に対する態度には、補陀落渡海やニライカナイといった海の向こう側に「良きもの」を想定する価値観が感じられますね。日本人が舶来物を好む性質に共通した所があり、我が国における南洋文化との関わりを思い起こさせます。

英国水兵たちからはデーン人やノルマン人由来のヴィンランド伝説が彼らに受け継がれている可能性が感じられます(ケルト神話での海から現れるフォモール族は明らかな侵略者ですが)。

海から現れる白い神ヴィラコチャへの信仰が、スペイン人の侵略を助長したとされる中南米とは異なった、素朴な、且つ微笑ましい異文化交流の逸話だと思いました。

南洋地域では死ぬと「隣の島て生まれ変わる」との死生観が有ると仄聞しますが、どうも島国の死生観は地続きな大陸文化より大らかな印象をうけますね。

渾然一体としたグローバリズムよりも、敬して遠ざけるナショナリズムがこのましいと、思わせる一編でした。

海、万歳。

当ブログは2019年5月に移転しました。旧進撃の庶民
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