ラドヤード・キプリングの海山物語 「偉大なるストーキー」その2|捕らえられた学生たち

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『海山物語』(ラドヤード・キプリング著 マクミラン発行 1923年初版 1951年再編集版)底本 Land and Sea Tales for Scouts and Guides by Rudyard Kipling MACMILLAN AND CO.,LIMITED 1951 (First Edition November 1923)

第6話 「偉大なるストーキー」 その2

(訳者より
19世紀イギリス南西部デヴォン州のパブリックスクール、総合軍学校。
ここの生徒であるデ・ヴィッレは、勝手にポニーを乗り回したとして彼を罵倒した近隣の農場主ヴィドレーに仕返しをすることを思いつきます。
3月の雨の日、彼は取り巻きのパーソンズ、オリン、ハウレットと共に、ヴィドレーの牛を追い立てて、群れごと丘の上まで連れ去りました。
デ・ヴィッレの同級生にして、この物語の主人公であるコークラン、マクターク、カナブンの3人はそれを物陰から密かに見ていたのですが、 案の定、デ・ヴィッレたちは丘の上の作業場で農夫に捕まってしまいました。)
その1はこちら

雨の草原
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納屋に捕らえられたデ・ヴィッレ一味

「よお! いたずら小僧ども。捕まえたで! 
ヴィドレーさんの牛に何かあったんかいのう?」

「ああ、おれたちが見つけたんだ」
デ・ヴィッレは敗北に耐え、自分を保って堂々としていた。
「いらないかい?」

「見つけたって! 
牛どもがあんな風にみんな、喘いで赤うなって興奮して走り出したってか! 
ようもぬけぬけと! 
お前ら、牛を盗み出したばかりか、危うく殺しちまうとこだったで。
その片方だけでも、哀れな小僧どもは刑務所行きだわい」


「それはないよね」
濡れた草の上で振り返り、カナブンがマクタークに言う。

「そうだぜ、あいつらいつもそう言うんだ。
日曜にモンキー農場であいつらに捕まっただろ? 
お前の帽子にリンゴ入れててよ」

「やれやれだ! 
あいつら、デ・ヴィッレたちを捕まえてヴィドレーのところに送る気だ」
コークランがささやいた。

男たちの一人が丘を下り、アップルドア村の方へ急ぐ。
囚人たちは納屋へ連行された。

「だがとにかく、名前も番号も知られてはいない」
そう言うコークランも、一度ならず敵の手に落ちたことがあった。

「でも監禁されちゃったよ! 
デ・ヴィッレはかなりまずいよね」とカナブン。

「とにかく手痛い負けだよ、殴られないにしてもさ。
牧場の門を勝手に開けたり、猟場を荒らしたり、何やかんやでヴィドレーはカッカきてるよ。
牛泥棒はもっと気に食わないだろうしね」

「牛にとっちゃあ、死ぬまでミルクを取られるのだってひでえ話だぜ」
とマクタークは言い、濡れたサクラソウの茂みから片膝を立てる。
「次はどうする? コークラン」

「古い荷馬車小屋に忍び込む。
前に一服したところだ。納屋の隣。
おっさんらが納屋にいるうちに走って行って、窓から入るぞ」

「僕らも捕まるかも?」
と言って、カナブンは制帽をポケットにねじ込む。
帽子は脱げ落ちるもの。だから行動に移る際にはかぶらない。

「それはそうだ。
だが敵も、これから罠に飛び込むやつがいるとは夢にも思うまい。
それに、もし見つかったところで、屋根を通って脱出できる。
気を抜くなよ。行くぞ」
とコークランが言う。

納屋のとなりの荷馬車小屋

大きなイラクサの茂みまで素早く駆ける。
荷馬車小屋の、ガラスのない裏窓の下。
正面の方は開いており、当然、納屋の前へ続いている。
3人は窓をくぐり抜け、荷車の間に飛び降り、粗い建付けの上階にあがる。
1週間前に隠れ家を探していて、見つけた場所だ。

上階は小屋の半分を覆っており、奥の壁に向かって暗くなっている。
屋根瓦は壊れて外されている。
隙間からのぞくと、作業場がすっかり見渡せた。
牛たちはなだめられることもなく、雨の中、ひどく興奮した様子で作業場の半分を占めている。

「いいか」
コークランは常に、注意深く撤退路を確保しておく。

「もしここに追い込まれたら、梁の間を抜け、屋根を滑り降りて、逃げる。
おっさんらは窓をくぐれない。
納屋を回り込んで来るしかない。
さて、これで安心か、カナブンブン」

「フー! それ、自分で納得したくて言ってるだけだよね」
とカナブンが言い返す。

「ここの床がしっかりしてたら、蹴ってるところだ」
とコークランが唸る。
「脱出できない場所に入り込むのはバカだ。黙って聞けよ」

屋根裏の隅から低い話声が聞こえた。
マクタークが注意深く、つま先立ちでそちらへ近づく。

「おおッ これ納屋につながってやがる。
通れるぞ。行こうぜ!」
彼は板壁を指さした。

「向こうはどうなってる?」とコークランは用心深い。

「おーい、マヌケども」
ブーツが床板を鳴らしたかと思うと、彼は行ってしまった。

いつのことかは定かでないが、羊たちを荷馬車小屋に入れねばならぬことがあった。
そこで創意ある農夫が、運んで来るより早いということで、納屋の壁板を外して干し草を押し込んだのだ。
もちろん、それは正規の通路ではあり得ないが、少年たちにとっては、12インチ四方の隙間で事足りるのである。

「見てよ!」とカナブンが言った。

マクタークの帰りを待っていたところ、牛たちが雨を避けようと入って来たのだ。
階下およそ3フィートに茶色い毛の背中が見え、一頭また一頭と牛が押し合いへし合い、荷車の間で雨宿りしようとやって来る。
牛の甘い呼気が小屋中に満ちる。

「出口をふさがれたな、屋根から出るなら別だが、
飛び降りるには高すぎる、それしかなければ仕方ないが」
とコークラン。
「窓の前まで詰めて来てやがる。ったく何て日だ!」

「コークラン! カナブン!」
マクタークはうれしくて、ささやき声が震えている。

「あいつらが見えるぜ。 オレは見たんだ。
納屋ん中でビビりまくってる。
おっさん2人にイジられてんだ。ムカつくぜ。
オリンはおっさんらを買収しようとするし、パーソンズはベソかきそうだ。
見に来いよ! こっちは干し草用のロフトだぜ。
穴を抜けて来いよ。
音立てんじゃねえぜ、カナブン」

納屋に隣り合う荷馬車小屋はこんなイメージでしょうか。もっとも荷馬車小屋の方に屋根はないようですが……

あいつらは万事休すだ

2人は静かに板壁の穴をくぐり、干し草の中に入って、ロフトの縁まで這って行った。
3年の間、手強く容赦のない小作農たちを相手に小競り合いをやったおかげで、3人には戦略の基本が身についていた。
作戦に関してはコークランが頼りであったが、ぼんやりで有名なカナブンでさえ、頭の上の干し草を抑えながら這い進んだ。
焦りなく、忍び笑いも興奮の歓声も漏らすことはない。
そういったことは愚かだと、痛い目に遭って学んでいたのだ。

しかし納屋の1階、根切り機のそばでの話し合いは事の性質上、深刻なものになっていた。
異端審問官のごとく嘲笑う農夫たちに対し、デ・ヴィッレの仲間たちは、もうしませんと誓うやら、ご機嫌を取るやら、懇願するやらである。

「ヴィドレー旦那にトゥーウェイ旦那が来るまで待つこった――そうそう、警察も来るんだわい」
農夫たちはそう答えるばかり。

「乳しぼりに行かなならんな。どうするや?」

「おめえ行けよ、トム。
おれぁ、お若い紳士方と残るとすらぁ」
と2人のうち、大きい方が言った。
この男の名はエイブラハムという。

「トゥーウェイ旦那はよぉ、お前らに弁償しろって言うだろな、作業場を好き勝手使ったでなあ。
ざまねえわ! ぐうの音も出めえ。
今週の日曜あたり、おめえらに宴会でも出してもらうことになるんでねえか。
けど、ヴィドレー旦那の方は、何より鞭打ちよぉ。
言っとくが、旦那は厳しい人だぜぇ」

トムは乳しぼりに行く。
彼が去って扉が閉まると、弱まる光の中、納屋には重い空気が満ちる。
ただエイブラハム独りが生き生きと、ヴィドレーの癇癪と剛腕について語っていた。

コークランは干し草の中を引き返し、荷馬車小屋の屋根裏へと退却した。
2人の仲間も後に続く。

「お手上げだ」というのが彼の判断。

「あいつらは万事休すだ。俺たちも逃げた方がいい」

「だな。けど、こっちの牛ども、どうするよ」
とマクタークは言って、若い牝牛の背に唾を吐いた。

「窓のところから押しのけるだけで1週間はかかりそうだぜ。
それにトムのおっさんに聞かれちまう。
すぐそこで乳しぼりしてるからな」

「押せないなら引っ張りだな」とコークラン。
「ちくしょう、残念ながら逃げなきゃあならん。
1分でも牛たちを納屋の外に出せたら、助けられるかもしれないんだがな。
うぅ、いやダメだ。引っ張りを!」

彼は小型で使い込んだ手製のぱちんこ――当時は「引っ張り」――を取り出し、しなやかなカモシカ革の皿にバラ弾を乗せ、ゴム紐を引き絞った。
あとの2人もそれに倣う。 彼らはただ、自分たちの逃げ道をふさぐ牛をどかそうと思っていたのだが、牛たちがすし詰めになっているため、それぞれ獲物を選んで全力で移動させるべきだということになった。

持ってる。知られてない。

少なくとも、3人はこの後どうなるか分かっていなかった。
3頭の牡牛が、3頭の子牛、荷車数台、汎用の木材は言うに及ばず、ぴったりくっついて来ている6頭の牝牛の間で回れ右をしようとする。
混乱なしに出口に向かえるわけがない。

3人が上階でも少し奥まったところに立っていたのは、幸運だった。
1頭の牛が苦しくて跳ね上がり、その角が固定されていない床板を吹っ飛ばしたのだ。
床板は槍のように、浮足立つ牛の背中に落下する。
続いて別の牛が、くたびれた馬車の梶棒に体ごと激突、破壊して車輪をひっくり返す。
群れはとても落ち着いてはいられなくなった。
咆哮を上げ、右に左に角をぶつけ合いながら、次々に作業場へと走り出て、堆肥の上で乱戦を演じ始めた。

最後の牝牛は古い馬具を引っかけてしまい、それが片目の上でバタつきながら引きずられて来る。 牡牛が数秒ごとに何度も馬具の端を踏んづける。
当然、牝牛は膝を屈して転ぶが、さすが子牛を心から思いやるバロウズの牝牛である、そこで目の前を横切った牛に襲い掛かった。

半ばおののきながらも、少年たちは大喜びでこの狂乱を見ていた。
第2弾を撃つまでもなく、大混乱の極み。
トムが熊手を持って牛舎から出て来たものの、馬具の牝牛に追い返される。
牡牛が一頭、堆肥の山をよじ登り、倒れ、起き、腹ばいになって身を横たえ、進退窮まって声を上げる。
他の牛たちの注意がすっかりそちらに向いた。
コークランは屋根越しに、跳ね回る子牛の鼻を狙って撃った。
すると子牛は後足で立ち、踊り続けること30秒、というのは決して誇張ではない。

「エブラム! おーい、エブラム! 
牛がおかしくなっちまった。怒り狂っとる。
乳熱にちげえねえ。あいつら気狂いにされちまった。
おーい、エブラム!  牡牛が突き倒されそうだ! 
わしも突っ殺される!  エブラム!」

「錠前かけっから待ってろ」
仕事に忠実なエイブラハムが答える。

納屋の扉に南京錠をかける音がし、彼が熊手を手に出て来るのが見えた。
1頭の牡牛から角を向けられ、エイブラハムは手近な豚小屋に駆け込んだ。
これが豚の大家族の平穏を乱してしまったらしく、盛大な鳴き声が上がる。

「カナブン」とコークランが呼ぶ。
「納屋に行ってマヌケどもを連れて来るんだ。
急げ! 俺たちは牛を浮かれさせとく」

暗闇と記念すべき敗北の陰に包まれて座り込み、すっかりしょげ返ってデ・ヴィッレに怒る気力もなかった連中に、階上から声が聞こえた。

「上がって来なよ! 
ほら! 上がるんだ! 
逃げ道があるんだよ」

彼らがロフトの支柱を無言でよじ登ると、ブーツのかかとが見えた。
言われた通り、それに付いて行き、必死になって暗い穴を進んでいくと、コークランに引きずり出された。

「お前ら、帽子は持ってるな? 名前と番号を知られたか?」

「持ってる。知られてない」

「ならいい。ここから跳び下りろ。
問答無用だ。 荷車の向こう、窓を抜けて、逃げる! 行け!」

デ・ヴィッレにはそれで伝わった。
イラクサの茂みに落ちた彼の悲鳴が聞こえ、屋根の裂け目から、4つのおぼろな人影が雨の中へ消えていくのが見えた。
トムとエイブラハムは牛舎と豚小屋から出て来て、懸命に牛たちをなだめる。

「いやあ!」とカナブン。
「「ストーキー」だったね。どうやって思いついたんだい?」

「あれ以外なかっただろう。
あの状況を見れば誰だってな」

「オレたちも今逃げた方がよくねえか?」とマクタークが不安げに言う。

「なぜ? 俺たちは問題ない。
何もしてないだろ。
ヴィドレーのおっさんが何て言うか聞きたいね。
撃ち方やめだ、マクターク。
牛たちを落ち着かせるんだ。
おいおい! あの牝牛、踊り狂ってるな! 
牝牛があんなに元気になるなんて、俺は知らなかったよ、まったく。
ギリギリでうまくいったな」

「ああっ! ヴィドレーだ――と、トゥーウェイも来るよ」
とカナブンが言う。

農場主が二人して、大股で作業場に入って来た。

(続く)

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