自分達のお金(通貨)を持つということ~和紙職人と散髪屋とお金と物の価値~ 前編

この記事は約4分で読めます。

 経済に大事なのは、供給能力という物作りだと聞きます。
 物を作れずお店に商品がなければ、私達は生活に必要な物を買う事もできません。
 たしかに物作りは大事ですね。
 その物作り、つまり供給能力ですがすごい物を作れる人からそこそこ物を作る人など、程度の差はあるにしても誰もが持っているものだと思います。
 しかし、実はそれだけはバラバラと言えるのではないでしょうか。

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『物の価値の上昇』

 ところで、物の値段があがるのは嫌なものですよね。
 自分のもっているお金で買えるのが少なくなってしまうのですから。
 そのお金を発行し財政出動したらいずれインフレになって物価、つまり物の値段があがるといわれます。

『和紙職人登場』

 以前、何かの番組で伝統工芸の紹介で和紙の店の特集をやってました。
 その中でちらりとですが、和紙職人にも取材をしていて和紙職人は後継者がいなくて少なくなっている、というコメントがありました。
 ここからは例えになります。

『散髪屋さんと和紙職人さん』

 それを知った全国の散髪屋さんが、紙と髪とで似たところがあるよしみで、伝統工芸の和紙を守る手助けをしようと決めたとします。
 そして散髪屋さんができるサービス、つまり髪を切ることで貢献するため和紙職人さんに無料で散髪する事を決めたとします。
 しかし後継者難なほど少ない和紙職人、散髪屋さんをやっている人の方が多いでしょう。
 それに、髪を切るにしても毎日切るわけではない。
 交通の不便な場所に住んでいる和紙職人がいたら、その場所まで行くのにも一苦労で髪を切る供給能力だけがあってもそれを活かしにくい事もある。
 和紙職人さんからしたら、切実に必要としているのは別の物(供給)かもしれません。
 つまり、髪を切るという散髪屋さんの供給能力は、和紙職人さんに対してはだだ余りです。

『お金(通貨)の登場』

 では、和紙職人さんに直接散髪のサービスを行うのではなく、お金を発行しそのお金を使ったらどうなるか。
 和紙職人を育てる教育をしたり、必要な物を代わりに買ったりとお金を使っていろいろ助ける。
 しかし、先ほどお金を発行し財政出動をしたら物の価値があがるといいました。
 つまり、和紙職人さんを助ける為にお金を使い続けたら物の値段があがりやすくなる。
 もしそれで物の値段があがったとします。
 では、その物の値段を抑えるには何をしたらよいか?
 物の値段が上がったという事はインフレで供給能力不足、つまり物不足になったということなので、今まで以上に物を作りサービスを行い物不足を解消するしかない。

『上がった値段を物作りを頑張って抑える』

 先ほど散髪屋さんが直接自分の技能を生かして和紙職人を助けようとしても、供給能力がだだ余りだと指摘しました。
 ならその余った供給能力をはっきして、物の値段を抑えればよいかと。
 散髪屋さんは和紙職人さんに直接無料サービスを行わなくても、普段の仕事をちょっと頑張ってサービスを増やせば、物不足サービス不足で上がった物の値段を抑える力となり、それがお金(通貨)を通じて和紙職人さんへの助けとすることができるのではないでしょうか。

『バラバラだった皆の物作りがお金(通貨)で繋がる』

 これは、何も和紙職人さんと散髪屋さんに限った話ではないと思います。
 例えば、飲食業界が厳しいならお金を作り使って助ける。
 その結果物の値段があがるかもしれない。
 例えば、災害で被害を受けた地域に人々にお金を発行し財政出動をして助ける。
 これまた物の値段が上がるかもしれない。
 そうなったら、みんなが少し自分の仕事の頑張りを増やし、物やサービスを作り物の値段が上がるのを抑える。
 飲食業界と直接関係ない人でも被災地と遠く離れた場所にいる人でも、普段の自分の仕事を頑張ることを通じて助けることが出来るようになる。
 もし自分達のお金が無かったなら、先の和紙職人と散髪屋さんの例と同じように供給能力だけがあってもかみ合わせが悪かったり、被災地の人らを助けたいと思っても自分の仕事や技能では直接助けに向かない事もあるでしょう。
 よそ様のお金を使っていたりしたら、被災地を助けるためお金を発行して使おうと思ってもその許可をよそ様の政府やどこかの機関にお伺いをたてないといけません。その許可が下りなければお金を使い助ける事はできない。
 つまり、自分たちのお金がある事でバラバラだった私達の物作りの力を、つなぎ合わせる事ができると言えないでしょうか。

『物作りの負荷を見極めよう』

 もちろん、なんでもかんでもお金を作って使えば良いわけではないです。
 いくら助けるためといっても、何も考えずのお金を発行して使いまくったら、物の値段があがりすぎ自分達の物作りの力が追いつかなくなり金に押しつぶされます。
 本当に必要なことなのか、物の値段が上がることを覚悟してでも必要なものなのか、そのお金の使い方はみんなの為になるのか、長い目で見て国益に適うのか、物の値段が上がると言っても個々でみたらばらつきがありもするでしょうし、それが周りに悪い影響がでないか等々を、しっかりとした根拠やわかりやすい解説を示して欲しいのが学者や評論家で、それを元に議論を行うのが政治家で、その結論を持って適切に実行に移すのがまっとうな政府なのではないでしょうか。
 なので湯水のごとくお金を作って使えなんて無茶なことは言いません。
 どこまでの負担、どこまでのお金の使う量なら今の私たちの物作りの力は耐えられるのか?、を見極める必要があるのかもしれません。

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お邪魔蟲
1 ヶ月 前

”紙”と”髪”をかけたお題のムリクリ感もさる事ながら、『物価の上昇(インフレ)』を”貨幣の供給面”からしか見ていないご意見には賛意を覚えません。

当ブログは2019年5月に移転しました。旧進撃の庶民
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