最低賃金を引き上げると中小企業が倒産し、失業率が上がる。
もっともらしく語られているこの主張は嘘でデマ。
じつは、最低賃金を引き上げても失業率は上がりません。
上がるというエビデンスやデータは存在しません。
くわえて、議論されているような最低賃金3%引き上げで、中小企業は倒産しません。少なくともバタバタとは。
なぜか? 具体的な数字を上げて議論します。
本稿では「最低賃金引き上げで失業率が上がったり、中小企業が倒産したりというフィクション」を指摘します。
最低賃金とは
まず、最低賃金について確認しておきましょう。
最低賃金とは最低賃金法に基づきます。国が最低賃金を法に定め、使用者は労働者に最低賃金以上の賃金を支払わなければなりません。
仮に、最低賃金より低い賃金を労使で契約しても無効です。
法律上の最低賃金が優先されます。
最低賃金はすべての事業所で働く労働者に適用されます。
パートやアルバイト、社員などのすべてです。
たとえば、正社員の給料が時給換算で最低賃金を下回っているなら違法です。
最低賃金は地域によって定められています。
東京は1013円に対し、沖縄は792円と地域によって最低賃金は異なります。
全国平均の最低賃金は現在、902円です。
最低賃金引き上げの方針
最低賃金は過去にも継続して引き上げられてきました。
ときどき、最低賃金の議論で「引き上げはダメ!」との意見がありますが、すでに十数年以上引き上げられ続けています。
最低賃金引き上げの議論は「引き上げるか、引き上げないか」ではなく「どれくらい引き上げるか」の議論だと理解しておきましょう。
2008年の東京の最低賃金は766円でした。毎年引き上げられ、現在では1013円です。
大阪は2008年、最低賃金が748円でした。現在では964円になっています。
このように、最低賃金は「いくら引き上げるか」の議論です。
2018年に成立した働き方改革で、最低賃金は毎年3%引き上げが目標とされました。
近年、引き上げが行われなかったのは2020年のみです。
基本的に過去数十年、最低賃金は毎年1~2%程度引き上げられてきました。
最低賃金引き上げは「やるか・やらないか」ではなく、「いくら引き上げるか」の議論です。
最低賃金引き上げで主張される影響と、本当の事実
最低賃金引き上げでは、どのような影響が出ると主張されるのでしょうか?
主に「中小企業が倒産する」「失業率が上がる」の2つです。
中小企業が倒産する
反論でもっとも多いのは「中小企業が最低賃金引き上げで倒産する!」です。
日本の企業数の99.7%は中小企業であり、雇用でも7割を占めます。
最低賃金引き上げで、苦しい中小企業の経営が回らなくなり倒産に追い込まれる! と主張されます。
中小企業が倒産する論では、しばしば韓国の例が出されます。
2018年、韓国で大幅に最低賃金を引き上げた結果、中小零細企業がバタバタと倒産し、失業率が上がったと主張されます。
この主張はデマで嘘。
韓国の失業率の推移は以下の通り。
年度 | 失業率 | 就業者数 |
2017年 | 3.68% | 2673万人 |
2018年 | 3.83% | 2682万人 |
2019年 | 3.78% | 2712万人 |
失業率はほぼ増加してませんし、就業者数は減るどころか増えています。
本当に最低賃金引き上げで中小企業の倒産が起こるか? については、具体的な数字で後述します。
失業率が上がる
じつは、最低賃金を引き上げると失業率が上がるというエビデンスや研究、データは存在しません。日本国内でも海外でも。
厚生労働省の「最低賃金に関する先行研究・統計データ等の整理」を参照しましょう。
このレポートではイギリスやドイツなどの最新レポートも踏まえています。くわえて、日本国内の専門家の知見も集めました。
驚くべきことに、最低賃金と失業率には相関が「ありません」。
これは事実です。
たとえば、過去20年間最低賃金を引き上げ続けたイギリスでは、失業率がむしろ低下しました。
資料からも、以下のように言及されています。
「少なくとも統計データからは、最低賃金の引き上げがマクロの雇用指標である失業率や有効求人倍率に負の影響を及ぼしていることは必ずしも確認できない」(原文まま)
「最低賃金を引き上げれば失業率が上がる!」は根拠がありません。
ほぼデマと考えてよさそうです。
最低賃金3%引き上げの具体的な数字
最低賃金引き上げの議論は「失業率が上がる」「いやいや、それはデマだ」という具体性のないものになりがちです。
最低賃金が具体的にどれだけ上がるのか金額を示せる人はいますか?
最低賃金の議論で決定的に欠けている部分です。
最低賃金引き上げ3%だとして、具体的な数字を表にしました。
最低賃金の全国平均 | 902円 |
引き上げ幅 | 3% |
引き上げ額(h) | 27円/h |
フルタイム(160h/月)の増加額 | 4320円/月 |
パート(80h/月)の増加額 | 2160円/月 |
なんともささやかな金額です。
この金額で本当に中小企業がバタバタと倒産し、失業率が有意に増加しますか? しないと考える方が常識的でしょう。
日本人の経営者目線という悪癖
交渉の基本ですが、最大限の要求をして半分通ればいい方です。
最低賃金引き上げ3%はささやかすぎる要求です。
労働者の立場からは「最低賃金1500円!」と要求しても当たり前。
少なくとも、最低賃金3%引き上げでは中小企業はバタバタと倒産しませんし、失業率も上がりません。
ところが、バカバカしいことに最低賃金3%引き上げすら「中小企業が!」と反対する人がいます。
反対している人が中小企業の経営者なら理解できます。
しかし、おそらく一般的な労働者です。
我が国には意識高い系の「経営者目線で考える」という通念があります。
なんでも、広い視野で経営者目線になって労働しなさい! とのこと。
大きなお世話ですし、労働者と経営者の2つの目線に立てば効率が悪く、生産性が落ちること請け合いです。
閑話休題。
経営者目線に立てば労働者の人件費アップは「悪いこと」です。
最低賃金引き上げも同様。
だから、労働者が経営者目線でもっともらしく「最低賃金引き上げは失業率を引き上げ、中小企業が倒産するので我々の働く場所もなくなる! だから、反対だ!」と言っているのでしょう。
洗脳もよいところです。
経営者目線なんてバカバカしい話にそっぽ向き、最低賃金引き上げを訴える必要があります。
まとめ
完全に余談ですが、全国物価指数やさまざまな試算で、地方と都会の生活費はそれほど変わりません。
最大で1割程度、違うだけです。
にもかかわらず、最低賃金は東京で1013円、沖縄など7県で792円と2割以上の差があります。
つまり、地方の方が生活が苦しくなります。
これでは地方の流出、東京の一極集中は止めようがありません。
最低賃金は全国一律にする必要があります。
まとめに入りましょう。
最低賃金を引き上げて韓国はどうなったか?
失業率は上がっていませんし、就業者数は増加しているくらいです。
確たるダメージはありませんでした。
むしろ近年、1人当たりのGDPなどで日本を追い抜いているくらいです。
最低賃金引き上げで中小企業が倒産し、失業率が上がる! というのはフィクションです。
そんなデータはありません。
くわえて、具体的な数字でも議論しました。
フルタイム労働者で月に4320円の人件費アップというささやかな金額です。
これで本当に中小企業がバタバタと倒産し、失業率がアップする?
ご冗談でしょう。
最低賃金の議論に限らず、具体的かつ事実の数字をもとに議論するべきでしょう。
説得力ある素晴らしい記事です! 参考になりました。
しかし、最低賃金の数%アップが中小企業にとって負担にならないとすると、かのアトキンソン氏はなぜそれを主張するのか、とも思います。
考えられるのは……
ア 自らの主張する中小企業政策が一般国民のためになるものと思わせ、批判をかわす
イ 中小企業の危機感をあおり、連携・淘汰・合併へ進ませ、自分たちのビジネスにつなげる
ウ 最低賃金アップというわかりやすい争点を設け、M&A・企業切り売りビジネスという真の問題を隠す
といったところでしょうか。
>説得力ある素晴らしい記事です! 参考になりました。
ありがとうございます。
しかし、読者の反応はあまりよくないようです(汗)
アトキンソンの思惑はともかく。
少なくとも、アトキンソンの言説にも聞くべき点はあるのかもしれません。
中小企業の統廃合論はもちろん大反対ですが。
「誰が言ったか」より「なにを言ったか」をこそ議論したいものですね。
>「誰が言ったか」より「なにを言ったか」をこそ議論したいものですね。
その通りですね。まあ、なかなか難しいところではありますが……
批判するにしても、的を外さぬようにしたいところです。