『海山物語』(ラドヤード・キプリング著 マクミラン発行 1923年初版 1951年再編集版)底本 Land and Sea Tales for Scouts and Guides by Rudyard Kipling MACMILLAN AND CO.,LIMITED 1951 (First Edition November 1923)
第6話 「偉大なるストーキー」 その3
(訳者より 19世紀イギリス南西部デヴォン州のパブリックスクール、総合軍学校。
「ストーキー」とは学生言葉で「機略縦横、深謀遠慮である」ことを意味します。
この物語の主人公は同級生であるコークラン、マクターク、カナブンの3人組。
ある3月の雨の日、同級生であるデ・ヴィッレたち4人が農場の牛を勝手に連れ出して、農夫に捕まってしまいます。 それを見ていたコークランたちは密かに彼らを逃がすことに成功、さらに様子をうかがっていると、農場主ヴィドレーとトゥーウェイがやって来ました。)
その1はこちら その2はこちら
農場主たちの算段
「ああっ! ヴィドレーだ――と、トゥーウェイも来るよ」とカナブンが言う。
農場主が2人して、大股で作業場に入って来た。
「グロウ!グロウ! フィッズ!フィッズ!
完璧、グロウのフィッズだ!」 とコークラン。
この台詞は、彼らの言い回しで、最高の喜びを示す。
「グロウ」は多かれ少なかれ、自らの勝利を意味し、「フィッズ」は至福ということだ。
この日、3人はその両方を味わっていた。中でも愉快だったのは、彼らがヴィドレー氏とお近づきにはなっていたものの、氏に好かれていなかったことである。
トゥーウェイの方は、さらに面白いことに、所有する果樹園が公道のすぐ向かいにあったのだ。
トムとエイブラハムは一緒に、盗まれた牛がめちゃくちゃに走らされておかしくなった、出産で間違いなく牝牛が死んでしまう、牛乳がもう取り戻せなくなるという話をした。
それを聞いたヴィドレーは、北デヴォンなまりで30分ぶっ通しに毒を吐き続けた。
「こいつぁひでえ、ひでえ話だ」 トゥーウェイが慰めるように言う。
「牛たちの被害が大したことねえとええが。
しっかし、あの暴れようったらどうでえ」
「うまい手があるぞ、トゥーウェイ。
あの寮生どもに週70クォートずつ売りつけるってのはどうだ」
「80クォートだ」
トゥーウェイが公開入札で隣人よりも安値をつけ、控えめな勝利を得る。
「だけんど、わしにとっちゃ大した違いはねえよ。
おめえは、自分の息子みてえにあいつらを鞭打ったらええ。
わしの納屋でやってええで」
「ホント、親切なクズおやじだなあ!」とカナブン。
「デ・ヴィッレも残って聞いてればよかったのに」
「全員、閉じ込められて大人しくなってまさあ」
とエイブラハムが、ご丁寧にカギを取り出して言った。
「あっしら納屋に入って、あいつらを旦那の前に引き据えやしょう。
ありゃ! 牛ども、まだ相当荒れてやがる。
逃げた方が良さそうですぜ」
納屋は、少年たちのいる荷馬車小屋の隣である。
男たちが納屋へ堂々と入っていくのは見えなかったが、音は聞こえた。
「干し草ん中に逃げ込んでやがんな。
よお! 相当ビビっとるな」
とエイブラハムが叫ぶ。
「出て来い! 出て来んか!」
とヴィドレーは咆え、苛々して鞭で根切り機を打ち鳴らす。
戦闘開始!?
「やーれやれだ!」
と言って、コークランは片脚を立てる。
「扉を閉めろ。扉を閉めるんだ、てめえら。
暗くてもガキどもは見つけられるからな。
足下をウサギみてえに逃げられちゃかなわんわい」
納屋の大きな扉がガーンと閉まる。
「いただき!」とコークラン。
それは彼が行動を起こす時の、いつもの戦闘宣言だ。
彼は上階から跳び下り、20秒ほど姿を消した。
「首尾は上々」と、コークランは悠々歩いて戻った。
「ンなああ?」 マクタークはあやうく叫ぶところだった。
階下のコークランが、大きなカギを振って見せたからだ。
「ストーキー! まさにストーキーだ!
閉じ込めたんだね! 4人全員!」
と言って、カナブンは腹を抱えた。
「そーうだ。おっさんらはまあ、言わばカンヅメだ。
声出して笑おうってなら、カナブン、またお前を蹴らなくちゃあな」
「そりゃ無茶だよ!」
カナブンは喜びを抑えられて、暗い顔になった。
「ここではダメだってことさ、ほら」
コークランは、すっかり意気消沈したカナブンを荷馬車小屋の窓から外へ押し出した。
それで彼も冷静になった。イラクサの茂みの上では笑えないものである。
続いてコークランが横になっているカナブンの上に跳び下り、マクタークも続いた。
ちょうど起き上がろうとしていたところだったので、カナブンは機嫌を損ね、真っ赤になって怒りを爆発させそうになった。
×が2つ
「いい薬だったろ」 と言って、コークランは鼻で笑う。
カナブンはヤケになって、スイバ草の葉で顔をこすり、黙り込んだ。
大笑いしたい気持ちは吹っ飛んでしまった。3人は路へ入る。
すると、納屋から怒号が上がった。
馬が蹴るような音、扉を揺する音、そしていろんな大声が入り混じる。
「どうやら気がついたようだな」とコークラン。
「ひどい騒ぎだ」と、また鼻で笑う。
「放っときなよ」とカナブン。
「誰にも聞こえやしない。もう寮に帰ろうよ」
「そりゃひでえぜ、カナブン!
お前、自分のことだけ考えてんだな。
牝牛たちは乳しぼりしてほしいんだぜ。
かわいそうだろ! 牛たち、鳴いてるじゃねえか」
「だったら君が自分で戻って、しぼってやったらいいだろ」
カナブンは怒って地団駄を踏んだ。
「僕ら点呼に遅れちゃうよ、こんなとこでグズグズしてたらさ。
僕は今週、もう2つ×が付いてるんだ」
「それじゃあ、お前は月曜に懲罰訓練を食らうわけだ」とコークラン。
「こいつは思案のしどころだ。
俺も×が2つだからな。
ふーむ! こいつはマズい。実にマズいな」
「だから言ったじゃないか」 お返しとばかりにカナブンが言う。
「僕ら、月曜に虎の穴へ放り込まれるのなんか御免だよ。
だけど、きっとダンベル地獄だ。 全部、君のせいだよ。
さっさとデ・ヴィッレと一緒に逃げてれば――」
誰か閉じ込められてるんじゃあないか?
コークランは生垣の間で立ち止まった。
「ちょっと待てよ。無駄口を叩くんじゃあない。
状況をよく観察するんだ。
いいか、俺は、あの納屋に誰か閉じ込められてると思うんだ。
俺たちは行って確かめるべきだぞォ」
「何バカなこと言ってんだよ。 寮に帰ろうってば」
だが、そう言うカナブンをコークランは一顧だにしない。
彼は元来た路を引き返し、声を張り上げ、困惑した調子で叫んだ。
「こんちわー、誰かいますか?
この騒ぎは何です? そちら、どなたですか?」
「なるほどね!」
カナブンはこの新たな展開に小躍りして、怒りなど忘れてしまった。
「おーい! おーい! ここだ! 出してくれ!」
くぐもった声が納屋の黒い壁の向こうから聞こえ、扉を叩く轟音が続いた。
「さあ、頼むぞ」とコークラン。
「マクターク、牛を騒がせておくんだ。
今、騒ぎに気づいたってことを忘れるな。
俺たちは何も知らないんだ。 上品にいくぞ、カナブン」
3人は堆肥の向こう側へ進み、扉のちょうつがいの脇のひび割れ越しに話を続けた。
少年たちはすっかり驚いて、落ち着いて考えることができないようで、状況を理解させるのが極めて困難だった。
そのため、納屋の囚人たちは何度も話を繰り返さねばならなかった。
「わしら、何時間もここにおるんだ」とトゥーウェイ。
「牝牛たちぁ、乳しぼりやら何やらしてやらんといかん」とヴィドレー。
「扉が勝手に閉まって、開かなくなっちまった」とエイブラハム。
「なるほど、わかりました。
こちら側で錠がかかってますね」とコークラン。
「不注意にもほどがありますよ!」
「開けてくれ、開けるんだ。
石で殴って開けてくれんか、お若い紳士方!
牝牛たちは乳熱でいきり立っとる。
その手のことはわからんか?」
マクタークが時々、牛たちをパチンコで撃って暴れ直しさせているので、少年たちにその種の知識があることは明らかである。だが、それが見えないヴィドレー氏にはわからなかった。
少年たちはドア越しに、今気づいたが、彼の声に聞き覚えがあると言った。
演技派コークラン
「できるんなら、やさしく開けてくれ。
その南京錠にゃあ7シリングと6ペンス払うたんだ」とトゥーウェイ。
「こいつのことは気にせんでええ。ヴィドレーのジジイじゃから」
「だったら、おめえは囚人のままでおるがええわい。
南京錠のせいでな、トゥーウェイ? 恥ずかしいこった。
ぶっ壊して開けてくれ、お若い紳士方!
ワシらの声を聞きつけてくれたのは神様のお恵みよ。
トゥーウェイ、おめえは根っからのケチじゃ」
「これは時間がかかりますよ」とコークラン。
「それでですね、僕らもうすぐ点呼の時間なんです。
ここであなた方を助けていたら、遅れてしまう。
通学路からだいぶ遠くまで来てしまいましたから――あなた方の声を聞いて」
「先生に言うてやる。 どうして遅れることになったか、神様のお恵みがあったっての。
明日、牛乳を持って行く時に、わしが言うてやろう」 とトゥーウェイが言う。
「それじゃあダメなんですよ」とコークラン。
「その頃には、懲罰2回分を受け終わってるかもしれない。
僕らに一筆書いていただく必要があります」
マクタークは納屋の壁を背に、褐色の群れに向かって、正確にパチンコを撃ち続けている。
「よーし、よし。わしの家に来るとええ。
女房が立派に書いてくれるわい、お若い紳士方。
きっちり書類は調うぞ。
南京錠をうまく外してくれさえすりゃあ、自分の息子に渡すような推薦の手紙を渡そうぞ」
「錠前なんぞ気にすんな!」とヴィドレーが叫ぶ。
「牛どもんとこへ行かせてくれ、あいつらが死んじまう前に!」
少年たちは仕事に取り掛かり、これ見よがしに錠前をガチャつかせ、いじり回す。
演技をたっぷり付け加えるのもコークランの大好きなやり方だ。
とうとう――石ころで巧妙に叩くと共に、錠の外れる音がして――扉が大きく振れて開き、虜囚たちが出て来た。
「急いで、トゥーウェイさん」とコークラン。
「もう戻らなきゃならないんです。書付をくれますよね?」
「あんたらのような坊ちゃん紳士の誰かが、ワシの牛をバロウズから追い上げたんじゃ」
とヴィドレー。
「きっちり言っとくが、おめえらの先生に話すからな。
ワシはおめえを知っとるぞ!」
彼は悪意に満ちた目でコークランを睨んだ。
(続く)
(訳者より
コークランのやり口、典型的「マッチポンプ」ですね。
原作者のキプリング自身も前書きで言っているとおり、彼らの行動はあまりほめられたものではないのでしょう。
そもそも同級生のデ・ヴィッレがヴィドレーの馬に勝手に乗って叱責され、それを恨みに思って牛を連れだしたわけです。彼がツイッターでもやっていたら、きっと大炎上。教育的見地というか、お天道様的視点からすれば、ヴィドレーあるいは教師から罰せられてしかるべきでしょうし、そんな彼を逃がしたコークランは犯罪ほう助者なのかもしれません。
しかしながらそれでも、コークランの機智と行動は実に魅力的です。同級生を危機から救い、自分と仲間の無事も確保する。しかも楽しみながら。見事な「男子」です。
そしてこの「男子」的態度を持つ国家の代表/政治家こそ、一般国民/庶民にとって必要な存在だと思います。
外交/国際関係の場において、日本人は自分たちが少々損をしても相手国と仲良くできるなら、あるいは「世界平和」に貢献できるなら我慢すべき、という地球規模の見地を持ちがちです。しかし実際の国際関係というのは、各国の利益の奪い合いゲーム、損の押し付け合いゲームの要素が強い。まずはとにかく自国民の利益・安全・面目を確保する「男子」的政治家こそが国民の求めるべきものであり、その上で世界全体の福利向上を図る器量を望むべきでしょう。
また、そのような「男子」的政治家が国際舞台において実力を発揮するには、国力の後ろ盾が必須。機能的財政論でもMMTでも利用できるものは何でも利用して、平成の緊縮財政から令和の積極財政への転換を図り、国民経済の成長を果たさねばなりません。
そして、現状のような大企業・投資家・株主といった一握りの人々、「守るべき国民/仲間のほんの一部」の利益のために、「大部分の国民/仲間」を活かさず殺さずで絞り上げるような政治家には退場してもらい、真の「男子」的政治家の台頭を応援したいところです。
さて、次回で「偉大なるストーキー」は最終回。コークランたちは学生寮へ帰ります。