誰かの負債は誰かの資産、を否定しちゃってる~ニュートラルな金~(後編)

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『返済しなくてよい負債の裏付け~税なんていらない~』

 返済しなくてよい負債という言葉があるならその逆、返済する負債もあることになります。
 頭痛が痛いみたいな妙な言葉ですが、ともかく通貨が負債でそれが政府の負債というなら通貨(負債)を返済するとはいったいなんなのでしょう。
 
 一般的な負債を作ったら、お金を得ると同時に借用書を作り相手に渡しますね。
 これだけの額のお金を受け取ったという証拠です。
 で返済した際には、お金を返すと同時に借用書を回収し自分の手元に戻す。
 それで返済は終了、負債はなくなる。
 
 では、通貨が負債で政府の負債というのならば、その通貨が政府の借用書といえるのではないでしょうか。
 これだけの額の負債を作り、通貨というお金を政府が得た証拠。
 政府がその借用書を回収するために、何をするのか? 何をしているのか?
 政府が借用書(通貨)を回収することをなんというのか。
 税ですよね。
 税で通貨を回収する。
 すると借用書が政府の手元に戻ってきたのだから、そこで負債はなくなると言える。
 負債や借金がなくなることをなんというのか。
 返済ではないでしょうか
 つまり、
 
 税=通貨の回収=借用書が手元に戻る=負債がなくなる=返済
 
 ということに。
 では「返済しなくてよい負債」にそれを当てはめると、
 
「返済しなくてよい負債」=「通貨の回収をしなくてよい負債」=「税をしなくてよい負債」
 
 になります。
 つまり税が必要ない、税を裏付けとしない。
 それは「返済しなくてよい負債=金(通貨)」は、税がなくても通貨は使える動く価値を持つと言っているのではないでしょうか。
 デフレの時ならば、税は不要だといっても通貨は動くかもしれません、一理もあるかもしれません。
 しかし、その考えのままインフレになったら?
 「返済しなくてもよい負債」=「税をしなくてもよい負債」という考えからは、インフレでも税が不要というのが正しくなってしまう。
 インフレで税がないまま突き進んだらどこにたどり着くのでしょう?
 それを安易に解決するには、デフレの時は返済しなくよい負債なのだから問題ないと言っていたのを、インフレになったととたん返済しなくてよい負債と言っていた口を閉じ、別の言葉を紡ぎだすしかなくなるのではないでしょうか。

『残るのは競走のみ? 市場が競走が大事!?』

 先ほど、
 
 金余りでだぶついてまともに使えない金。
 そして、返済しなくてよいのだから物を作ることも保証しない。
 お金(需要)としても役に立たず、物作り(供給)も約束しない。
 それになんの価値があるのでしょう。
 
 と書きましたが、別に物を作ったり売ったりするのは税を納めるためだけじゃないですよね。
 自分の金給料を得るため働くことだってある。
 そっちのほうが普通の感覚です。
 これはいいかえると自分の給料を得るために、「競争」をするということです。
 返済しなくてよい負債というお金を手に入れるためには、競争をすればよいことになる。
 そこには競争「も」必要というのを通り越し、自分の金欲しさの競走だけをしてればいいだろという考えや空気になっていく。

『負債と物作りと繋がり』

 政府が通貨を発行し使い、通貨を国民に「所得」として渡るようにする。
 そして、国民それぞれの物作りの力に応じた税をかける。
 税とは通貨を回収する事を通じて、発行した通貨の価値に見合うものを作る義務を国民に負わせると同時に、国民にそれだけの物を、価値を、所得を作れるだけの土台を用意し提供する義務を政府は負う。
 通貨という負債が、発行され使われ税で返す(回収)という流れを通じて、お金の面だけじゃなく「私達の物」や「私達の物作り」と関係していると考えるからこそ、それが適度に適切に増えるのは経済にとって良いことだと言えるのではないでしょうか。
 では、なにが通貨と私達の物作りの関係をつなげているのでしょう?

『返済しなくてよい負債と金だけ』

 負債、それはお金(使う、支払い、需要)と物作り(返す、供給)というセット、両端や出と入り、動脈と静脈といった様な二つ揃ってはじめて循環するまともな負債といえるのかもしれません。
 返済返済だ!そのため増税だ増税だとにかく増税だ!と叫ぶのは、「返すこと=供給」というインフレしか見ていない見えていない。
 それと左右対称に返済しなくてよい負債とは、負債を金(使う支払い=需要)としてしかみていない。
 デフレしか見ていない見えていない。
 需要と供給が繋がっていない。
 お金と物作りが、政府(通貨)と国民(物作り)がバラバラ。
 返済しなくてよい負債は、自分の金だけ、その自分の金が奪われる嫌な借金という「感覚」になっていくのではないか。
 税を自分の金を奪われ、通貨という負債(お金)をなくすだけの空しいものとしか映っていないのではないか。
 経済を金の面でしか見れていないのではないか。
 確かにデフレの時は、そう表現できるかもしれません。
 しかし、それはデフレしか目に写っていなく、デフレを否定しながらデフレを肯定し、デフレに順応し、デフレに甘え、デフレに依存していく。
 デフレ脱却とか言いながら、いざデフレを脱しようとしたら、突然逆に増税緊縮をしデフレを続けようとする。
 物を作らなくても、通貨は金として価値を持つという言い様になっていく。
 物作りという裏付けがなくても、人は金を求めるのだと言っている。
 経済で大事なのは金だ!と。
 確かにお金は大事ですし、金と聞いたら欲しくなるものです。
 しかし、それは人は金だけを求めるものだ。
 だから、金を与えたら際限なく欲しがり自分の金を増やすのを止められなくなりハイパーインフレになる、財政を止められなくなると言っているのと同じで、そんな返済しなくてよい負債という金は、みんなが欲しがる純資産という金や銀といった商品と同じと言っているのかもしれません。

『ニュートラルな金』

 返済しなくてよい負債から生まれる金は、お互いに物を作りあう助け合う約束がないからっぽで、誰のものでもない無色透明で、まっとうな税もまっとうな財政も必要とせず、自分だけはという抜け目ない競走を必要とし、その競走で無色な金を自分だけの色(モノ)にしようとする。
 インフレもデフレも関係ない中立でニュートラルな金。
 自分だけの金、それを求めて好き勝手に自由に競争してるムショクな孤人達。
 そんなバラバラで無機質な者達がウヨウヨしてるクニが、食い散らかした痕(あと)みたいに世界の片隅に残るようになるのかもしれません。
 そして、そんな集団さえもいずれひっそりと消えて無くなっていくのかもしれません。

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