杉本五郎中佐遺著『大義』|解説 第1章『天皇』その1 天照大神の御心を自らのものとせよ!

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予告しておりました『大義』(杉本五郎著)の解説連載第1回です。
この本は、戦前日本陸軍の将校で「吉田松陰の再来」と言われるほど部下の訓育に尽くした杉本五郎中佐の遺著です。原著は昭和13年に発刊されたものですが、今年7月に大義研究会から改訂第3版(戸塚陸男氏による解説付き)が出されています。

杉本中佐は日支事変へ出征、昭和12年9月14日に山西省での激戦で戦死。致命傷を受けながら遥か東方の皇居に向かって敬礼、立ったまま亡くなったそうです。まさに超人的な最期ですが、その彼が自らの思想、日本人の進むべき道を記したものが『大義』です。

杉本中佐の生涯については、山岡荘八氏が感動的な伝記小説『軍神杉本中佐』を書いています。

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『大義』について

『大義』は版を重ねて戦前において130万部とも言われる大ベストセラーとなり、多くの若者たちに影響を与えました。戦前の人々が天皇や国家に対してどのように考えていたのかを知りたい、またその考え方は現代日本においても大いに力となるものではないか、そのような思いから、本連載に挑戦します。

全20章からなる原著は漢文調の実に力強いもので、音読するだけで血が熱くなりそうですが、古語や禅語が多く、難解な面もあります。そこで原文はリンク先を参照いただくとして、まずは拙訳/大意を付した上で解説というか、私なりの解釈を述べたいと思います。今回は第一章の前半、テーマはズバリ「天皇」です。

第一章「天皇」(前半の大意)

(大意)
天皇は、太陽の女神である天照大神と同一身であって、宇宙最高の唯一神、宇宙統治の最高神であられる。憲法、法律、宗教、道徳、学問、芸術など、あらゆる「道」は人を天皇の大御心に一体化させるための手段である。

すなわち「天皇は絶対であって、自己は無である」と自覚させることが、それらの最大の使命なのだ。天皇は無であるからこそ、宇宙のすべてに現れている。

その姿は、大きくは天の果てから地の底をも貫いて無限に広がっており、小さくも森羅万象、天皇の御姿でないものはなく、垣根に鳴く虫の声も春のそよ風もすべて、天皇の顕現である。

釈迦を信じ、キリストを仰ぎ、孔子を尊ぶような愚かな遠回りはやめよ。宇宙一神、最高の真理具現者である天皇を信じるのだ。永久に天皇を仰げ。

(解説)太陽神 天照大神(アマテラスオオミカミ)

(解説)
上記は最初の一文から「???」となる方も多いかと思われますが……。それぞれの言葉をしっかり吟味するならば、この世界観・宇宙観には十分な説得力があると考えます。

大前提として、ここで述べられる「神」は幸運を授けてくれたり、良縁を取り持ってくれたり、悪人に天罰を与えてくれたりするような存在ではありません。そこのところ御留意ください。

まず、天照大神ですが、御存知、日本神話の最高神です。古事記によれば、天御中主神(アメノミナカヌシノカミ)が開いた宇宙を正統に受け継いだ存在ということになります。そして、太陽神として世界のすべてを照らし、温め、育てる。生きとし生けるもの全て、太陽の恵みを受けぬものはありません。

もちろん、宇宙には太陽よりも大きく輝く星(シリウスやベガなど)があることを私たちは知っています。とはいえ、この地球・太陽系に生きる私たちの実感として、太陽以上の存在はないのは確かでしょう。空に明るく輝くと同時に、その熱は地上のあらゆるものの中へと親しく沁み徹り、温める。どのようなものの中にも、太陽は共にあると言い得ます。

(解説)己を空しくして、対象をそのまま受け入れる

一方で、伊勢神宮の御神体・天照大神の御霊代と言えば八咫鏡(やたのかがみ)。鏡に対するイメージは「真実を映し出すもの」でしょう。地獄のエンマ大王の持つ浄玻璃鏡は人間の罪業を残さず映し出す、という話もありますね。鏡の前では嘘偽りは通用しない、ありのままの姿が映されるということです。

ともあれ、地上のあらゆるものの中へ沁み徹る天照大神は、そこにある真実をくもりなく写し取り、把握する。私たちの呼吸、血流、体調、思考、深層意識まで、何一つ隠すことはできない。そのように考えること自然だと思います。早い話が「お天道様はまるっとお見通しだ!」です。

しかも、太古の昔からすべてを見て、正しく評価している。あらゆる真実・真理を把握しているとも言えます。それでいて鏡は自らを映すことはない。天照大神は己を空しくして、対象をそのまま受け入れる。

このことは「シラス」の統治の理想にも通じます。天照大神の裔である天皇の統治は、力による強制ではない。「天下のこと、国民の心の隅々までよく知って」(『日本のいのちに至る道』p.302)いることで、国が平和に治められていくというものです。「私」をなくして、すなわち自己を無にして、天皇は人々の心を見つめ、その言葉に耳を傾けられる。このようなことを指して、フランスの詩人ポール・クローデルは「天皇は統治しない、天皇は聴く」と述べました。

また、鏡は鑑とも書きますが、こちらの字では手本・模範という意味があります。日常生活はもちろん、政治、学問、芸術、何の分野でもそうですが、人が何か有益な行動(プラグマティズム的には「真理に基づく行動」)をしようとするからには、天照大神の把握する真理に己の思考を沿わせていかなければならない。それができなければ失敗するか、中途半端な成功しか得られない。

八咫鏡のイメージに近いと言われる、
大型の内行花文鏡

(解説)永遠真理と天照大神

ここで想起せざるを得ないのが、20世紀初頭の哲学者ジョサイア・ロイスの言う「万物を統一的に見る世界包括的な理性」です。(詳しくはリンク先を参照ください)

ロイスによれば、「万物を統一的に見る世界包括的な理性」は、
この世の出来事すべてを包含し、自らの内に変化のすべてを保有する。
過去現在未来を問わず、物質的なものであろうと精神的なものであろうと、
あらゆる経験、あらゆる事実を観取し、総合して理解している。
それは、変化と拡大を続ける「永遠真理」である。

上述の天照大神と共通するところ大だと思います。

(解説)釈迦・キリスト・孔子の教えを総合する

さて、日本書紀(宝鏡奉斎の神勅)によれば、天照大神は次のように述べています。(現代語訳です)

「我が子よ、この宝鏡を見る時には、私を見るつもりでいなさい。常にそばにある神聖な鏡として祀りなさい。」(宝鏡というのは、上述の八咫鏡のことです)

これは、天照大神の御心そのままになれ、すなわち己を無にして世を照らし、人々をよく知って治めよということだと私は解釈します。神の境地に立って生きよということですが、これすなわち、生きながら衆生を救う「仏陀」となれ、「無限の愛」の実践者となれ、「仁」の体現者となれ。釈迦・キリスト・孔子の教えを総合するものではないでしょうか。

正直、無茶ぶりにも程がある!の感を禁じ得ませんが、これを実践している方々がおられるのです。それも125代の永きにわたって。もちろん、我が国歴代の天皇です。

(解説)天皇の大御心に倣いたい

後醍醐天皇御製
 世治まり民安かれと祈るこそ 我が身につきぬ思ひなりけり

孝明天皇御製
 澄ましえぬ水にわが身は沈むともにごしはせじなよろづ國民

明治天皇御製
 罪あらば我を咎めよ天津神 民は我身の生みし子なれば

時勢により、また人間として生まれ持った個性により各々の御生涯には違いがありますが、天照大神の大御心を自ら体現しようと努めて来られた点は変わりありません。

自我にとらわれがちな人間を超え、神の境地で人々の安寧と世の平和のために尽くす……125代の永きにわたって。そのような御存在を敬わずにいられるでしょうか。天皇の大御心に倣い、その願いの成就の一助となりたい。私はそう思います。同じように感じられる方も多いのではないでしょうか。

というところですが、『大義』の第1章はこれで約半分。続きはまた次回。

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阿吽

>その姿は、大きくは天の果てから地の底をも貫いて無限に広がっており、小さくも森羅万象、天皇の御姿でないものはなく、垣根に鳴く虫の声も春のそよ風もすべて、天皇の顕現である。

こんなふうに言われたら、天皇陛下もプレッシャーがやばいでしょうね・・・(^^;)

(まあしかし、実際、そういうレベルでおのれをりっしておられるのでしょうけどね、この場合は昭和天皇は・・)

ちょっと卑猥な表現をすれば、『アイドルはうんちなんてしない』をリアルに、ガチで体現しなければならない立場ですからね、天皇って・・・。

,
杉本さんの言葉が正しく時の日本国民に伝わっていれば、もしくは杉本さんがもう少し長生きされていれば・・っていうふうには思いますね・・。

そうであれば、天皇の裁可もなしに、勝手に満州で軍を動かしたり、動かすことを後出しで許可するような、そんな当時の軍部なんか、絶対に許されなかったはずなので・・。

まあ、そんなある意味面倒くさい男だったからこそ、激戦地に送られて夭逝しなければならなかったのかもしれませんが・・。

阿吽

現人神だということは、つまりは人身御供ということでもありますからね・・。

昭和天皇がそういう存在だったからこそ・・、つまりは、昭和天皇が、日本国家(国民・国土・文化・歴史etc)に捧げられた祭祀者だったからこそ・・、つまりは日本に対する忠義の人だったからこそ・・、日本国はあの時代の空気の中、もしかしましたら、ナチスドイツのような最終的な破滅にいたらなかったのかもしれませんね・・。

昭和天皇が私人だったら、日本はあそこで敗北を認められず、日本はナチスドイツのような徹底的な破滅を迎えていたかもしれませんね・・。

,
・・やっぱり、昭和天皇には戦争責任はあったかもしれませんね・・。

帝国憲法的には主権者ですし・・。

ただ、あそこで退位していればそれはそれで、日本の国家としては共和主義者が跋扈して混乱を招いたでしょうから・・、(戦後のイタリアのように)(さらにはソ連も真上にあって、そのためソ連共産党の影響も比較的受けやすい立地だったでしょうし・・)

責任があったけど、退位しなかったのが正解でしょうね。74年後的に見れば・・。

うーーん・・・、それは、退位してしまえば、国家のことに責任があったことを認める・・ということになってしまい、それは当時の反政府主義者のいきおいをつけることにもつながるでしょうし・・。

そうなれば、国政の混乱は、王を追放したイタリア同様さけられないか・・。

責任はない・・、としてた方が、都合はよろしかったかもしれません。(実際、政策に介入できない昭和天皇に、道義上開戦の責任があるかと言えばないでしょうし・・)

でも、敗戦の責任を取り、退位をしてしまえば、それは間接的には敗戦の責任を昭和天皇が認めてしまうことにも結果としてなり(政策決定レベルでは、昭和天皇の責任などないに等しいのに)・・、そんな天皇制なら廃止してしまえという大義名分を持った反政府運動を勢いづけかねない。

しかし・・、よって退位をしなければ、道義上の問題は実際問題ないんだから・・、結果として敗戦の責任もなく・・、よって敗戦の責任を取る必要もなく・・、それなら即位し続けても問題はなく、それがひいては、結果として反政府運動を刺激せずに国家の安定にもつながる・・。

もしこれが実際に、昭和天皇が開戦に積極的にかかわっていれば、こうには(即位継続容認の空気の維持には)ならなかったとは思いますが・・・(昭和天皇自身は、日米開戦にいたる政策決定までの経緯にはおもてじょう不関与、裏では否定的))

そういう事情を国民もなんとなく察していたから・・、ムッソリーニに比較的積極的に関わった当時のイタリア国王と違い、退位運動もそこまでおこらなかった・・・。

道義的にはほぼ昭和天皇の戦争責任はないでしょうけど、憲法的には戦争責任はあったというところですかね・・。

しかし、退位をしないことによって、戦争責任を結果として無くすことができた・・という所でしょうか。

(ちょっとややこしい話しですが・・)

(退位しないことによって戦争責任をうやむやにし、退位した場合に起こった可能性のある国内の混乱を回避したということ)

,
もし、昭和天皇が退位か廃位していれば、それは実際的な政策への不関与にも関わらず、それが結果としては開戦への政策決定への関与を実際的には認めたことになり・・、その場合、反政府運動が勢いづいて、イタリアのような混乱はさけられないでしょうから・・、退位しなかったのは現代的にみれば(まあ、当時も吉田茂なんかも安定のために絶対に退位は認めませんでしたから、当時的にもか・・)、退位しなかったのは正解でしょうね。

(昭和天皇ご自身は、幾度も退位をのぞまれていたそうではありますが・・)

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一番正解だったのは・・、退位の混乱の中、新天皇ががんばることだったか・・・?

しかし、やはり、その場合では、天皇制打倒の名目で、共産主義者やマルクス主義者が反政府運動で暴れて、治安や政情の混乱を招く可能性が高くなり・・、そんな博打はあの終戦の混乱時には打てなかったですかね・・・。

イタリアに比べれば、戦後史が比較的安定しているのも、天皇の存在というのもその一助に十二分に資するものとして、これは、あるんでしょうね・・。

当ブログは2019年5月に移転しました。旧進撃の庶民