タイトルには「ネトウヨ」とつけましたが、自己責任論の蔓延はネトウヨだけにとどまりません。
日本人のメンタルは、かなり自己責任論を肯定しているといえます。
「社会のせいにするな! それは自己責任だ!」とは、よく聞かれる言説です。低学歴なのも自己責任、貧乏なのも自己責任。危険に近づいたやつが悪い。安田純平さんの拘束も、自己責任。
本当でしょうか?
自己責任論はしばしば、個人主義といわれます。欧米は、個人主義で日本は集団主義とも流布されています。
本当に?
日本の自己責任論と個人主義は、ナショナリズムや共同体、国家を破壊すると論じます。
本家アメリカより強い、日本の自己責任論
自己責任論 VS みんなで支え合う論。 経済的にお得なのはどっち? データに基づいて検証してみた結果…|前田晃平|noteを参照します。
設問は「自力で生きていけないようなとても貧しい人たちの面倒をみるのは、国や政府の責任である。この考えについてどう思うか?」です。
「そうは思わない」と答えた人、つまり「貧困は自己責任で、政府や国の役割ではない」と思う人の割合です。
- ドイツやイギリス 7~8%
- 中国 9%
- アメリカ 28%
- 日本! 38%
参照:世界各国で行われた貧困問題への意識調査(The Pew Global Attitudes Project、2007年)
自己責任大国アメリカを抜いて、日本が堂々の1位! でございます。
危機的状況で「自己責任? チームワーク?」
統計的に、利己主義に走るよりも利他主義や助け合いが、経済や企業を活性化するそうです。つまり自己責任と切り捨てるより、みんなでなんとかしようぜ! が、集団の利益になるそうです。
上述したURLでは、ギリシャとアイスランドのABテストの例を出します。ギリシャは自己責任として、緊縮財政に走りIMFからの借用を選びました。
逆にアイスランドはIMFを断り、2008年の金融危機後にむしろ、社会保障を強化しました。
結果どうなったのか? アイスランドは経済を持ち直し、ギリシャは持ち直していません。
企業論でも人間の合理性こそが人間を失敗に導く 損得計算を追求する組織の末路 (2/3) | PRESIDENT Online(プレジデントオンライン)という記事があります。
内容は利己的合理性を追求すると、組織全体が損をするというものです。合成の誤謬というやつです。
統計結果や企業論、組織論から見るに、自己責任論や利己主義は「全体を凋落させる」はほぼ明白でしょう。
とすれば完全な自由競争=弱肉強食は、全体を凋落せしむることになります。
また欧米は個人主義、日本の個人主義は困っている人を放置するという意味があるによれば、欧米の個人主義は、日本の個人主義とは異なるようです。
個人主義については後述しますが、日本の個人主義は基本的に「放置」とのこと。
そういえば自己責任論も、「なにかをやってやることはない! 放置しろ!」ですね。
ネトウヨの安田純平さんという「日本人の同胞への態度」も、まさにこれでした。
欧米は個人主義で日本は集団主義? それは嘘
欧米は個人主義で、日本人は集団主義。日本人は和を尊ぶ。これは一般的に流布しているイメージです。
が……嘘です。
個人主義とは何でしょうか? 多くの日本人が、バカな誤認をしてます。
個人主義(こじんしゅぎ、英: individualism、仏: individualisme)とは、国家や社会の権威に対して個人の権利と自由を尊重することを主張する立場。あるいは共同体や国家、民族、家の重要性の根拠を個人の尊厳に求め、その権利と義務の発生原理を説く思想。
個人主義とは「自身の権利と、人の権利の尊重」の思想です。当然、基本的人権で日本では「文化的な最低限の生活」が生存権として保障されます。
したがって、個人主義とは本来「どのような低学歴であれ、生存権が保障されるのだ」「だから、政府は低学歴だろうがなんだろうが、貧困を解決しなければならない」という考えになります。
ヨーロッパで「貧困は自己責任!」という声は少なく、日本では多い。それは「本来的な意味での、個人主義が根付いたヨーロッパ」と「切り捨てるのが自己責任と思い、人権を無視している日本」の差です。
はっきり申し上げましょう。日本人は人権思想も知らず、集団に「依存しているだけ」です。要するに「多数派の勝ち組になりたい。そのためにダメなやつを切り捨てる、放置する」という利己心が、日本の自己責任論です。
三橋貴明さんは、愚民の王国、パソナの王国で「日本人のルサンチマン」と書きました。厳密には間違っています。
日本人は自己責任論を振り回す、利己的なだけなのです。
それが「公務員たたき、土建業叩き」の正体ではないか? と思われます。
見てきたとおり「組織や共同体」で、利己主義は不利益になります。
日本の自己責任論は、弱者の放置、強者(公務員や土建業界)を引きずり下ろす。こういった作用があるのは、明白です。
すでに解体されている、日本の精神性
江戸時代に誰が「農民が貧しいのは、自己責任」といったでしょうか? 明治や昭和の戦前には、軍隊に入ればおまんまが食べられました。国家と天皇陛下が、生活の世話をしてくれたのです。
現在は? 政府はひたすら緊縮財政で、国民の生活の面倒を見る気がありません。政府から見捨てられた国民は、自己責任論を振り回して公務員や弱者を攻撃します。
「弱者は放置しておけ(俺達の利益が少なくなるから)」「公務員は叩けるから叩け(俺達の取り分が多くなるかも知れないじゃないか)」というわけ。
欧米の職場には日本人が言うところの個人主義など存在しません。特に、成功している組織では、先に仕事を終えた人は自然と同僚を手伝う傾向があります。
共同体はこの20年以上の期間で、ことごとく解体されました。
自己責任論を唱えながら、愛国心を唱えるネトウヨなどはまさに「迷走」でしょう。
政府の「利己主義(プライマリー・バランス論や均衡財政主義)」が、日本国民を蝕んだのかも知れません。
「みんなで、豊かになろう」という精神は、もはや日本に少数派といっても良いでしょう。
参照:「最低賃金901円」を評価し「月給23万円への不満」を攻撃する世論の異常! 安倍政権に飼いならされ貧困が当たり前に|LITERA/リテラ
ネトウヨに限らず、日本人の精神性はもはや「崩壊」しているのです。
貧困化が進む中で、自分を守るのに精一杯になっているのでしょう。
どうやって立て直すのか? 答えは簡単。衣食住足りて礼節を知る、は中国の管子の言葉。
礼節とは”文化”です。文化とは無駄から生まれるもの。
国家全体で「合理性の追求」を、やめねばなりません。
合理性と機械論哲学
主流派経済学は「合理的経済人」を想定しますし、「合理的経済」を想定します。生み出すのは「利己的かつ合理的な機械論哲学的な国民」に他なりません。
機械論哲学とは、唯物論と一緒です。
幸福実現党の党首、釈量子さんは「唯物論はダメ」と書きます。残念ながら彼女は、唯物論と同じ機械論哲学が根底にある、主流派経済学を支持しているようですが(笑)
人間も人生も、そして社会も「不合理で有機体的なものだ」と、思い出す必要が日本全体であるでしょう。合理性が解決するのは、短期的な眼の前のことだけなのです。
不可知を可視化する。認識する。その知恵が、人には備わっているはずです。
多分……日本人にも。
公務員の給料を下げるという考え方は、今の緊縮財政下においては、とても合理的で正しい発想なのです。
公務員の給料をデフレで給料が下がり続けている民間の平均にすれば、公務員ももっと真剣に民間の所得向上について真剣に考えるだろう・・という考えは、とても合理的に思いました。(過去にそういうふうに説明されました)
よって、上記の考えは理論的には間違ってないとさえ、思えました。
しかし、それでもどこか納得がいかなかったのです。
合理的で正しいと思うのですけど、違うと思ったのです。
,
それは、緊縮財政下において、合理的だからこそ、違うと思ったんでしょうかね・・? 私は・・?
いまいちまだ、そのへんがはっきりしないです。
積極財政的な思考ではなく、緊縮財政的思考だと思ってしまったんでしょうかね・・?
緊縮財政を前提としたような政策、考えだからこそ、違和感を感じたんでしょうかね・・・?
我々なんぞは積極財政を目指しているわけですし・・。
合理的だと思う反面、違和感もぬぐえないのです・・。
違和感の正体は「給料を下げたら、真剣になるはず」じゃないですか?
端的にいえば「お金が下がったり、上がったりしたら『道徳を考えるようになるかどうか?』」という設問と一緒かと思います。
もっといえば「懲罰として給料を下げたら、公務員が道徳的になるはずだ」ではないでしょうか。
という話かな? と(汗)
>「懲罰として給料を下げたら、公務員が道徳的になるはずだ」
うーーむ、どうなんですかね・・?
給料の上下がはたして本当に道徳に結びつくんですかね・・?
逆に、公務員の労働意欲を削ぐだけですかね?
衰退に向かっている国家の合理性追求は、やはり衰退の悪循環になるんでしょうかね・・?
みんなで一緒に貧乏になろうということで、結局は、国民総下流社会への道でしょうか?
彼等の言い分にも一理あると私が思ってしまうのは、彼等の言い分が合理的だと私が認めてるからでしょうか?
しかしてその合理性が、結果として衰退をまねくというのか・・・・?
・・とりとめの無い文章で、失礼致しました。m(__)m
すいません上げ足取りみたいで嫌なのですが安田純平は政府に禁止されてるのにかかわらず行ったのですよ?どのような手口で行ったかはわからないですが自己責任の域を逸脱してません?後安田純平は自己責任だから口を出すなと政府を批判してた事も有るらしいし何回目捕まってるのですかね。政府は安田純平と言う国民を守る為に行くのを禁止したのに批判し行くとはこれはもう反逆では無いですか?
後その渡したお金で何人がテロで死ぬと思いますか?安田純平のした事は許せないと思いますが実際助かって戻って来てるなら刑務所にでも入れるべきだとも思ってますよ。実際それが1回目とか旅行に行ってたまたま捕まったとかなら助けるべきとは思うけど
いや、禁止されてたら行けないですし。
https://www.anzen.mofa.go.jp/info/pcinfectionspothazardinfo_051.html#ad-image-0
(外務省)
退避「勧告」ですからね?
勧告に違反したら反逆とは、初めて聞きました。
間違えて評価しちゃたけど何故これが評価良いのかイマイチわからないのですが自己責任と思う人が日本人に多いのは責任感が強いとも取れませんか?個人主義は管理人さんの書かれている通り権利の尊重で収入の統一化では無い気がするのですが生活保護の基準は最低限の文化的生活なので受給出来てる人にはちゃんと出来てるかと。(一部漏れや駄目ケースワーカーで出来てない事もありますが)人の批判が目に付くのですが気持ち良く読めないですね。自分のいた職場現在いる職場は気持ち良く仕事終わってたり手が空いていたら手伝ってくれますが管理人さんの所は違うのですかね?それは職場に問題がありませんか?人間関係とか
責任感が強いから、政府が助けなくて良いという理論も初めて聞きました(笑)
ちなみに私、15年以上自営業ですので「一番自己責任な職業」です。自由競争の最前線ですね。
人間関係に問題はないですが……被雇用者の方とはまた、感覚は異なるでしょうね。
結局コイツはネトウヨやパヨクを非難してるけど、具体的にどうすればいいかは一切書いてねえな。
「合理性の追求をやめろ」って具体的になんやねん。
ただ世間にマウントとって自分が上に立ちたいだけのチー牛だな。ネトウヨやパヨクとなんにも変わらない。