参院選-自民党と安倍政権はなぜ選挙に強いのか?野党はなぜ弱いのか

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 どうやら今回の参院選では、世論調査によれば自民党が圧勝をするそうです。私事ですが、私はすでに比例はれいわ新選組、選挙区は共産党のたつみコータロー(こう表記されている)さんで済ませてきました。

 報道によれば、立憲民主党が健闘し、れいわ新選組はステルス票、要するに読めないといわれます。蓋を開けるまでわかりませんが、自民党の勝利はほぼ確実でしょう。

 私は自民党には、すでに一切の期待を抱いていません。むしろ今回、消費税増税凍結を掲げて戦っている野党を、大いに応援しています。

 本日のテーマは気が早いかもしれませんが、選挙後の総括に向けてです。なぜ安倍政権と自民党の支持率は下がらず、野党が苦戦するのか? です。
 総括しないまま次の選挙に望めば、野党はまたも「同じ結果」を味わうことになります。

 そうなってほしくないからこそ、分析してみます。

世論調査での与党・野党の支持率

 現状の与野党の支持率を見てみましょう。比例投票先は自民35%・立憲12% 参院選、世論調査 – 2019参議院選挙(参院選):朝日新聞デジタルによれば、自民党の支持率は35%、公明党6%、維新6%です。与党と与党よりの政党の合計は47%です。
 わからないが29%です。

 とすると、残りの24%が野党の支持率ということになります。2倍近い支持率の差が、存在します。

政党支持率の推移と安倍政権

 次に政党支持率の推移を見てみましょう。政党支持率推移グラフ|世論調査|報道ステーション|テレビ朝日によれば、やはり民主党政権の終わりが、相当にインパクトがあります。

 2012年はじめに均衡していた自民、民主の政党支持率は、2013年に大きく自民党優位に傾きます。

 しかし間近では、少々興味深い現象も見受けられます。2013年以降、自民党の政党支持率が40%を最初に割り込んだのは、安保法制。そして2017年のモリカケ問題です。
 そして2018年の公文書改ざん問題。

 2018年5月以降は、自民党の政党支持率は40%以上で推移してます。

 1つ面白い事実を指摘するとすれば、2019年の7月に自民党の支持率は”なぜか”40%を割り込みました。

 これがなにを意味するのか? 公文書改ざんやモリカケ問題は、いわば「スキャンダル」です。安保法制も決議されてしまえば、多くの国民が「忘れ去る程度」の問題でした。
 逆説的に野党は、自民党との対立軸をその程度しか持てなかったのです。

 しかし今回、2019年7月に支持率が40%を割り込んだのは「野党が消費税増税凍結」を掲げているからではないか? と推測されます。
 長らく不在だった、与党と野党の「根本的な対立軸」がようやく示されたからこそ、自民党の支持率が40%を割り込んだと解釈可能です。

対立軸を打ち出せなかった野党は、もう変わろう

 簡単に申し上げます。安保法制にしても、憲法改正にしても「国民からしたら、遠い話」です。しかし消費税は異なります。
 なにせ、毎日のお買い物で「実感するもの」だからです。

 長らく野党は、自民党に対する対立軸を打ち出せませんでした。それは当然です。「国の借金という緊縮財政の中で、争っていただけ」ですから。
 民主党政権も、安倍政権よりマシでしたが同じ穴のムジナです。

 事業仕分けは、単なる「予算の付替え」でした。

経済政策を重視して緊縮安倍政権を支持する国民

 世論調査の報道によれば、消費税増税反対は6割とのことです。第25回 参院選トレンド調査 | NHK選挙WEBによれば「社会保障」「経済政策」「消費税」を合わせれば、7割が経済政策を重視しているとのことです。
※社会保障はまぎれもない、経済政策です。

 端的にいえば、日々の暮らしを7割の国民が気にしているのです。
 ところが、安倍政権の支持率は5割。6割近くという報道もあります。その一方で、消費税増税反対は6割……。

 さて、この「国民の迷走」をどう考えるか? 明らかに国民世論は矛盾し、迷走しています。

 1つの分析としては「民主党政権は悪夢であった」というイメージの流布の一方で、安倍政権では生活が苦しくなるばかりという実感。
 これが国民世論の迷走の、原因ではないか? と私は診断します。

 簡潔にいえば、野党が受け皿たり得ていなかったのです。
 しかし今回、野党は共同で「消費税増税凍結」を打ち出しました。それによって、自民党の政党支持率は、久しぶりに4割を割り込んだのです。

 しかも「消費税増税凍結」「消費税減税」は、恒常的な対立軸です。デフレ化において「緊縮財政か、積極財政か」という対立軸です。
 積極財政を打ち出すことで、野党はようやく自民党の「対立軸足り得る」と支持率が教えてくれます。

「国の借金」という強力な勘違いと現代貨幣理論(MMT)

 「国の借金」というプロパガンダは、非常に強力です。

 試しに「移民を拡大する、法律の略称を知っているか?」と聞けば、「入管法」と答えられる人は限られるでしょう。
 では「日本の借金は、いくらある?」と聞いたら? 30代以上であれば、9割位は「1000兆円」と答えるのではないでしょうか?

 この実感は、おおよそ外れていないと思います。
 それほどまでに、「国の借金プロパガンダ」は強いのです。

 一方で生活実感からくる、諦観もあります。一向に生活が良くならない、いやむしろ落ちている。消費税は上がるし、またも可処分所得は少なくなる。
 でも国の借金が大変なんだし、孫世代にツケは残したくないし、しょうがない……。

 こういう諦観です。

 幸いにして、現代貨幣理論(MMT)が日本でも取り上げられ始めました。現代貨幣理論(MMT)の要旨は「自国通貨建て国債で、デフォルトすることは理論上ありえない」です。
 これはクルーグマンやサマーズ、グリーンパスも、否定できない”真実”です。

 野党、特に立憲民主党、国民民主党、共産党、れいわ新選組はこの”真実”を大いに活用するべきでしょう。

機能的財政論で十分だという、ド素人論者へ

 ジョン・ロックやアダム・スミスの貨幣観(商品貨幣論・又貸し論)が浸透して以来、信用貨幣論は「議論のわきに追いやられてきた」のが歴史的事実です。
 これはフェリクッス・マーティンの「21世紀の貨幣論」を読めば、理解できる話です。また、新古典派経済学の理論と、ケインズ理論を比べれば理解できます。

 新古典派経済学が貨幣を無視し、ケインズ理論は「信用貨幣論を前提にしていた」という証拠は山のようにあります。

 機能的財政論だけで十分だ! という人たちは、新古典派経済学や新自由主義が貨幣議論を避けてきたのと同じ道を、たどることになるでしょう。
 ケインズやラーナーの理論の「表層」は、誰にだって理解はできます。
 「ケインズはこういった!」と振りかざすのは、「ミルトン・フリードマンはこういった!」と一緒で、単なる思考停止です。

 貨幣論について、考察の外においた新古典派経済学が「なにを引き起こしたか?」は言うまでもないでしょう。

 余談ですが、私は現代貨幣理論(MMT)について、最初から受け入れたわけではありません。3年にわたって様々な知識を蓄えた結果、正しいと判断したのです。
 現代貨幣理論(MMT)批判の殆どは、付け焼き刃の知識で行われます。有識者なども、全く同様です。

 中には「自分は経世済民派だ!」といいながら、平気で又貸し理論(新古典派経済学の外生的貨幣供給説)を説く人もいます。
 バカもほどほどにしろ! が私の感想でした。

 野党の皆さんは、このような「バカバカしい状況」に陥らないことを祈念します。

一億総評論家時代と知的劣化の蔓延

 私は、はっきりいって自分の知見、知識に自信がありません。私が人様に誇れるのは「当たって砕けろ! 習うより慣れろ!」の精神だけです(笑) 突貫精神とでも、呼んでおきます(笑)
 なにせ……中卒ですから(汗) 自分でも思います。なんで、中卒の学のない私が、政経論を書いてるんだ?! と。
 もっといえば、なんで進撃の庶民の管理人をしてるんだっ!? 他の、頭のいい人がやればいいのに……です(笑)

 故に私の書く論は、ほとんど誰か(※1)の受け売りです。それを便宜、その時々で解釈しているに過ぎません。
 私より頭の良い人なんて、いくらでもいますので。
※1 中野剛志さん、佐藤健二さん、藤井聡さん、柴山桂太さん、三橋貴明さん、トクヴィル、ハンナ・アーレント、フェリクッス・マーティン、エドマンド・バーク、会沢正志斎等々。

 でも私、佐藤健志さんの著作「平和主義は貧困への道」を読んで「ああ、そういうこと」と思いました。
 ニューノーマルな時代、学のないバカ(全国の中卒の皆さん、すいませんm(_ _)m)のほうが「生活実感に伴った、正しい結論を出す(かも知れない)」のです。
 逆に賢しい人のほうが「知識や理論に則った、現実に則さないバカな結論を出すかも知れない」のです。

 エリートや国会議員が、20年以上も間違えてきた事実を踏まえれば、あなたがち間違ってはいないでしょう。

 私も批判、論評してますが……今や一億総評論時代です。そこの実感はあるのか?! ない人がほとんどです。
 その証拠に「経営者目線で考える」というバカバカしい話が流行りました。
 意識高い系は、当事者目線ではなく「経営者という理論的夢想(実感を伴わない)」で「自分は経営者目線だ!」というのです。

 私もそうですが、実際の経営者(中小企業)からしたら「バカにしてんのか!」です。ま、大企業なら、都合よく彼らを使うでしょうが。

 生活実感を伴わない「国の借金目線」「消費税しょうがない論」は、まさに「実感なき、経営者目線」と一緒ではないでしょうか?
 「経営者目線」をしたところで、責任に問われない。
 では「評論家目線」でも「上から目線」でも責任には問われない。でしょう?

 実感なき、自己の生活と切り離した「上から目線」が蔓延っているのが「一億総評論家時代」ではないか? というわけです。
 しかし「自己の生活」は消えません。そこにこそ、積極財政を掲げて野党が「生活実感としてどうなのか?」と切り込んでいく余地がある。
 それには現代貨幣理論(MMT)が、理論体系として不可欠である。

 野党の「消費税凍結要求」は画期的でした。それは、与党の緊縮財政との、対立軸を作ったからです。
 では次は? 誰でも理解できる「自明の選択肢」がそこにあります。

奇跡の経済教室(戦略編)のレビュー書きました

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Muse

>それほどまでに、「国の借金プロパガンダ」は強いのです。

大多数の国民が「国の借金は政府の借金であって、国民の借金ではない。むしろ、政府の借金は国民の資産である」という真実を知るまであとどのくらいかかるのだろうか?そうこうしているうちに、日本経済がさらなる超デフレ不況で壊滅状態となり、日本社会が完全に外資の草刈り場となり、急増する外国人移民たちが公然と公民権を要求するなど、日本が後戻りできない多民族国家と化してしまったら。。。

そのとき気づいてももう手遅れですね。例えるなら、手の施しようのない末期がん患者の状態か?自分の場合、後期高齢者になるまであと20年弱、ヤンさんの場合だと、あと40年近く。(特に身寄りのない)高齢者にとっては受難の未来。もっと若い世代だったら、一握りの「上級国民=新しい日本の特権階級」の仲間入りでも果たさない限り、同じかあるいはもっと悲惨な運命に。。。

悪夢のような話ですが、これリアルとなるかもしれません。

当ブログは2019年5月に移転しました。旧進撃の庶民