デーヴィッド・アトキンソン氏が「東洋経済」誌上で、プライマリーバランス黒字化の凍結と財政出動を求める論説を出しています。積極財政派・経世済民派にとって強い味方登場!とも言えますが、物足りぬ部分もあり。良い点を紹介しつつ、足りない点を評してみたいと思います。
評価すべき点
政府による投資が足りないと指摘
日本経済と賃金の低迷の原因として、アトキンソン氏は投資不足を挙げています。
この状況から脱却するには、研究開発、設備投資、人材投資という「3大基礎投資」を喚起し、経済を成長させ、その成果で賃金を上昇させるための経済政策が求められます。
「プライマリーバランス黒字化」凍結すべき深い訳
そのためにはインフラ投資、教育や基礎研究などの政府支出が必要。アトキンソン氏はこれを「生産的政府支出(PGS)」と呼んでいます。
これのGDP比が日本は10%未満で、先進国平均24.4%を大きく下回っているとのこと。
インフラ投資と言えば公共事業ですが、これに限っても平成10年(1998)をピークにどんどん削られ、低迷を続けていました。
(さすがにこの数年は「防災・減災、国土強靱化のための3か年緊急対策」で少し持ち直していましたが……)
高市早苗議員が主張していた、10年100兆円のインフラ投資でも(中身の議論は別として)、規模的には足りないくらいだと思います。当初は抑えめに始めても、徐々に増やし、最終的には数十兆円単位の年間予算とするのが理想でしょう。
同上
素晴らしい! その通りだと思います。
長期的に政府の予算が確保されてこそ、民間の土木・建設事業者も人材投資・設備投資ができます。
好循環が始まるわけです。
ちなみに、インフラの維持・更新にかかる費用は年間約6兆円とか。
年間数十兆円の予算が安定して執行されるようになれば、老朽インフラの保守はもとより、高速道路網や鉄道網の整備、豪雨や地震対策、電柱の地中化など、様々なことが可能になります。
プライマリーバランス黒字化目標の凍結
「生産的政府支出(PGS)」の継続的拡大に伴って、アトキンソン氏はプライマリーバランス黒字化目標の凍結に言及しています。
GDP560兆円、世界第11位の人口大国の日本を動かすには、毎年数十兆円単位の予算が不可欠です。
同上
将来的に経済を大きく改善させるためにこのくらいの規模の先行投資をしながら、なおかつ社会保障の負担もあるので、間違いなく当面プライマリーバランスの黒字化はできません。日本はプライマリーバランス黒字化を公約として掲げてきましたが、残念ながらこの公約は、当分の間、凍結せざるをえません。
「残念ながら」は余計ですが、同意できます。
プライマリーバランス黒字化目標は、我が国の政府支出を縛る拘束衣。
「税収の範囲でのみ、政府はカネを使える」という家計簿的規律です。
本来「破棄」すべきところですが、永久凍土の中へ埋めるなら、「凍結」としてもいいでしょう。
批判すべき点
続いて、アトキンソン氏の論の批判すべき点、疑問点です。
消費による成長の欠点をもって社会保障的支出(バラマキ)を貶める
持続的な経済成長は、バラマキによって達成できるものでは断じてありません。国際決済銀行の「Consumption-led expansions」の分析によると、個人消費主導の景気回復は相対的に回復力も持続性も弱いと確認されています。
同上
アトキンソン氏の言う「バラマキ」が何を指すのか? これは明確に定義されていません。
が、文脈からして消費を喚起するような、給付金・GOTO、減税などの政策を指すのでしょう。
そういった政策について、国際決済銀行の「Consumption-led expansions」の分析でもって悪印象を与えていますが、これはちょっとスジ違いです。
「Consumption-led expansions/消費主導の経済成長」をDeep-L翻訳に突っ込んで読んでみましたが……
その趣旨は「政府が給付金などで個人消費を喚起し続けても、景気回復への寄与は弱い」というものではありません。
正しくは、
ア 民間消費主導による経済成長は、投資などによる成長に比べて著しく弱くなる傾向
イ カード払いやローン、住宅価格上昇(※)は、短期的には消費を増やすが、中長期的には債務返済のため経済成長を阻害する
※持ち家の価格が値上がりすると、その分を担保にお金を借りて使う人が増える、ということ。
一般国民がお金を借りたり、クレジットカードを使ったりして消費を増やしても、それによる経済成長には限界がある。通貨発行権のない国民は、借金するにも限度があるから。
ということであって、政府による給付金や年金増について考察されたものではないのです。
昨年の一律給付金10万円については、大いに消費を喚起したようで、GDP回復にも貢献しました。
「貯蓄した」が6割近くとなっているものの、安心感を与えられたのは実によいこと。
これを繰り返し行うならば、さらなる安心感で消費を増やす人も多くなるでしょう。
長らくの賃金低迷にあえぐ国民にとって、一律給付金は素晴らしい政策です。
バラマキなどとおとしめるべきではありません。
乗数効果を基準に財政出動すべき?
財政出動を増やすのであれば、PGSを中心に、「元が取れる」支出に限定するべきでしょう。
同上
アトキンソン氏の言う「元が取れる」とは、乗数効果が1以上、例えば1億円の政府支出でGDPが1億2000万円増える(乗数1.2)というものだそうです。政府支出はそういうものに限定せよ、とのこと。
この点、かなり疑問です。
政府の仕事は天皇の祈りの実現すなわち、国家の発展、国民の安寧、公共の福祉の増進です。
これに資する限り、財政出動してしかるべきです。
乗数が高いのは結構なことですが、そうでない政策を切り捨てるのはおかしい。
消費税減税~廃止や社会保険料減、給付金など、国民の懐を豊かにし、暮らしに余裕を与える財政政策も大いに必要です。
「政府の借金」へのこだわり
(政府には)すでに巨額の借金がある
同上 ( )内は筆者追加
結局のところ、この認識が最大の問題でしょう。
独自通貨、国債はすべて円建て、変動相場制という、通貨発行における「三種の神器」を備えた我が国に、財政破綻はあり得ません。
国債発行は通貨発行のための手段であって、政府債務は増え続けて当然。
明治期から比べて3000万倍以上となっていることからも明らかです。
政府の赤字は民間の黒字。
アトキンソン氏の言うPGS(生産的政府支出)も大切ですが、それだけにこだわっていては、国民生活を救うことはできません。
インフラ投資、教育投資、研究開発投資等に加え、減税や社保負担減、給付金などを総動員する超積極財政が求められます。
インフラ投資にしても、乗数効果の高い都市部のみならず、低めの地方にも大いに行うべきです。
それでこそ、失われた30年を取り戻し、国家を強く、国民を豊かにすることができるのです。
トップ写真:David_Atkinson_by_UNWTO