タガは外れ続けている。すでに、日本国民を見ていない大企業に存在価値はあるのか

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岡ちゃんも安心の社会を作るのは、空気のように触れているが間違った考え方を正さないとどうしようもない。

下記の記事で、1年前のトヨタ社長のスピーチの記事を書いた。

それから1年たち、コロナ災禍が世界中を襲い、日本においてもそれから逃れられない状態になっている。

トヨタは当然のように、売上という意味では大打撃を受けている。そして、それでも、トヨタは、生き延びようとしている。

その生き延び方は一体どういうものなのか。それは、全く日本を見ていない。世界を見ているわけでもない。ただただ中国を見ているだけである。中国に市場を求め、中国に技術を求める。日本人の社員はそれを見て、どう思うのだろうか。今は他の業種の頂点を極め、下請けを虐げながらもこの世の春を謳歌しているのだろうか。しかし、社長や経営陣は見ているところはどうやら、上に書いたようなことらしい。三河商人は、実利的なことをやるということらしいが、それは、その土台に還元することがあってこそ許されることである。それを破壊することをいとわないレベルであれば、それは、社会から不要な存在というものだろう。

そんな存在は、ただただ社会から人の人生を奪い去って、その人の土台である社会に還元する気がないどころか、収奪して、自分たちのためだけに使うのである。その結果が、中国に依存して、最終的には中国に吸収される道であろう。ものづくりを積極的に自国で行おうとしなければ、それは、自国でできていたことができなくなる作業を続けているのと同じである。定年前のベテラン技術者が他国の技術者に技術を伝えるといえばなんとなく美談に聞こえるが、とんでもない。自分の社会の葬式の準備をしているようなものである。自分だけではない、社会の上で暮らしている自国民やこれから生まれてくる子孫の葬式を準備しているのである。そういう目で自分たちが行っていることを見ることは、滑稽に見えるかもしれないが、実に実態に対峙する真面目な態度である。要するにこれまでがふざけすぎていたのだ。

『タガの外れたカネ儲けは悪。社会の一員として収益を得る場合の制約条件。』
【自動車】トヨタ社長「車業界の変化、予測できない」、米大学でスピーチ…
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