無税国家の実現可能性を歴史・理論・思想から、わかりやすく徹底検証

この記事は約9分で読めます。

 現代貨幣理論(MMT)の話題で、しばしば無税国家について言及されます。いくらでも国債発行できるなら、無税国家も可能じゃないか! と。

 現代貨幣理論(MMT)支持者はこういった場合、口を揃えて「インフレ制約があるから(機能的財政論)」「税が通貨を駆動しているから(租税貨幣論)」と反論します。

 筆者もそうしてきました。しかし無税国家は、本当に無理なのでしょうか。

 結論から言えば「完全な無税国家は、多分無理。不完全(個人なら無税とか)なら可能」です。無税国家を主張する人、否定する人。どちらにとっても有益な論考になるはずです。

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無税国家は可能か?検討せず不可能と言うのは思考停止

 2ちゃんねる創設者のひろゆき氏はMMT信者を応援して、無税国家をつくろう。という記事を書いています。この記事からもわかるとおり「無税国家なんて実現できるはずがない」という、当てこすりです。

 無税国家は不可能。それが一般的な常識でしょう。
 常識はときとして、思い込みでもあります。思考停止です。

 無税国家の実現可能性を、真剣に検討した人はどれほどいるでしょうか? 思い込みを捨てて、筆者と一緒に検討していきましょう。

松下幸之助の無税国家論

 松下幸之助はパナソニックの創業者であり、偉大な実業家です。松下幸之助の名前を知らない人は、少ないのではないでしょうか。

 その松下幸之助は、無税国家論を論じていました。概要を参照した上で、理論的検証をしましょう。

概要

 無税国家構想 – 社会への提言 | 松下幸之助.comで、松下幸之助が論じた無税国家論を参照できます。

 松下幸之助は、本質的に国家と企業は同じだと考えていました国家も余剰金を作り積み立て、資産運用することで収益を上げる。その収益を税金に置き換えて、国民に分配する

 少しずつ進めていけば数百年後に、税金をゼロにして無税国家になるのではないか。収益分配国家ができあがるのではないか。
 このように考えていました。

 実業家らしい考え方ですね。この無税国家論は、1978年のVoiceに収録されたものだそうです。

理論的検討

 松下幸之助の無税国家論は、現在の経済理論から見ればあまりに粗いと言えます。

 「誰かの負債=誰かの資産」は原理原則です。したがって「国家が黒字化して、黒字分を積み立てて資産運用する」というのは、民間ないし海外の赤字を意味します
 海外は収支のコントロールが難しいので、まず民間が赤字で負債を拡大することになるでしょう。

 民間の負債拡大は、イコールで金融危機に直結します。

 松下幸之助の無税国家論は前段の「国家の黒字化」という部分で、破綻してしまいます。

 松下幸之助の無税国家論は、我々にある教訓を与えてくれます。
「優れた実業家は、必ずしも優れた理論家でもなければ政治家でもない」

国債発行額と予算から見る無税国家の可能性

 池田信夫氏も、無税国家の不可能性について論じていました。
参照 「無税国家」はできるの? – アゴラ

 内容はある程度妥当です。「無税国家はハイパーインフレになる!」と論じています。それはさておき。

 記事中でハッとさせられました。

 日本の一般会計予算は約100兆円。そのうち税収部分は50兆円ほど。
 つまり毎年50兆円の財政出動ができれば、無税国家は可能となります。

 無税にするとは、所得移転系の政策です。消費性向0.5、乗数効果2で計算すると50兆円の経済効果が予測されます。
 したがってインフレ率は、およそ9%に収まります。一応、許容範囲内でしょう。

 なお増えた需要に供給が追いつこうとするため、数年すればインフレ率は数%程度に収まるでしょう。

 50兆円程度の政府支出増加は、積極財政派ならほとんど許容する金額です。……あれ? 無税国家って可能じゃね?
 少なくとも無税国家を、インフレ率で否定することは難しくなりました。

 ただ可能と結論づけるには、やや早い。他の理論や視点、歴史、思想、国家論なども検討してみましょう。

スペンディングファースト・租税貨幣論・機能的財政論

 貨幣を通貨や国家、国権と紐付けて接合して説明できる理論は現在のところ、現代貨幣理論(MMT)だけです。

 代替がないので現代貨幣理論(MMT)を用います。無税国家を論じるに当たり、もっとも重要な「税とは何か?」に迫ることで、無税「国家」が可能かどうか? 検討できます。

無税国家と歴史や理論の概要

 まずおさらいですが、政府の支出は税収に依存しません。これをスペンディングファーストと言います。詳しくは以下の記事を、参照してください。

現代貨幣理論(MMT)-スペンディングファースト(政府支出が先)
本稿では現代貨幣理論(MMT)のエッセンス、スペンディングファーストを解説します。  スペンディングファーストを理解すれば、経済の見方が180度変わります。なぜなら……一般的に流布されている、財政政策のイメージと「真逆のこと」が事実だからで

 スペンディングファースト単体で見れば、無税国家は可能に見えます。しかしアバ・ラーナーの機能的財政論によれば「税や財政政策は、景気を調整するための機能」と見なされます。
 機能的財政論に則るなら、税の軽重や無税は景気次第です。

 ビルトインスタビライザー(景気の調整弁)として、税が必要との考え方もあります。

 スペンディングファースト、機能的財政論、ビルトインスタビライザーでは無税国家の可否について判断できない、という結論が妥当でしょう。

 歴史的に無税国家は、存在したことがありません。現代の無税国家と呼ばれるサウジアラビアも、完全な無税ではありません。法人税は存在します。
参照 サウジアラビア税務・会計制度ハンドブック

 後述しますが、資本主義国家かつ近代自由主義国家+無税国家は難しいと思われます。

租税の本質

 無税国家への賛否はともかく、無税国家を論じるなら「租税とは何か?」「租税と国家の構造とは何か?」への理解は必要不可欠です。
 なぜなら「無税」「国家」を論じてるのですから、土台を認識する必要があるのは当然です。

 税の本質とは何か? 一言で表現すると「国家権力の行使」です。徴税とは本質的に、徴役、徴兵と同じ性質を持ちます

 懲役ではなく、徴役としています。懲役=刑罰の苦役、徴役=労役を課すこと。
参照 【徴役】チョウエキ – 広辞苑無料検索 学研漢和大字典

 その人が働いた時間、働いた成果の一部を「通貨によって徴発すること」が徴税です。一定期間、労働にかり出す徴役と本質は同じ。

 しかし近代自由主義国家では、人権が大事です。憲法18条でも「何人も、いかなる奴隷的拘束も受けない。又、犯罪に因る処罰の場合を除いては、その意に反する苦役に服させられない」と定められています。

 徴役は近代自由主義では認められません。よって徴税を代替する手段(徴役・徴発)はありません。

 徴税という国家権力の行使が通貨――国定流通貨幣――を通貨たらしめています自国通貨とは主権の一部であり、主権の保持には国家権力の行使が必要なのです。

 したがって(完全な)無税国家とは、国家権力の行使放棄を意味します。軍隊なき国家は国家たり得ないように、通貨なき国家もまた独立国家たり得ません。
 軍隊はもともと徴兵でしたが、現在では募兵制です。だからといって「軍隊をなくして良い」とはなりません。

 同様に徴税も、税金を軽くするのは良くても、なくしても良いとはなりません。

 租税貨幣論について、詳細は以下からどうぞ。

 「完全な無税国家は無理」なだけで、無税国家に近い税制は実現可能でしょう。例えばサウジアラビアなどのように、法人税のみの国家も実現可能性はあります。
 個人への税金ゼロとか、結構素敵ですよね。

無税国家を達成する手段

 完全な無税国家は、近代自由主義と資本主義では達成が難しいです。なぜなら徴税をなくし、他に置き換えるとすれば徴役や徴発になるからです。
 なお徴役で通貨が駆動できるか? 通貨が通貨たり得るか? については、脇に置きましょう。

 逆説的ですが近代自由主義、資本主義を捨て去れば、完全な無税国家は可能かもしれません。すなわち共産主義国家です。

 共産主義とは基本的に、貨幣を駆逐しようとします。貨幣は資本主義の道具であり、共産主義にとっては敵の一つです。
参照 ソビエトにおける税制の変遷

 理想的な共産主義とは「労働者が働いて、その成果を平等に分け合う」とする主義です。見方を変えれば徴役され、成果は徴発され、最後に国家から分配されます。つまりどこにも「徴税」はありません。
 理論上、理想的な共産主義国家は無税国家になるはずです。実現すれば、の話ですけど(汗)

無税国家と保守と革命

 歴史上、無税国家は存在していません。無税国家とは――可能であるかどうかは置いても――ある種の革命です。

 革命とは、大抵のケースで惨状を生み出します。よって保守的な思想を持っている人たちから、賛同が得られないのは当然です。

 税とは何か? 国家とはどのようなものか? 構成要素として不可欠なものは何か? こういった洞察なしに、無税国家を論じることは不可能です。

 筆者個人としては「税金なんか払いたくない」が本音です。無税国家! なんとかぐわしい響きでしょうか!

 無税国家の肯定や否定のどちらにせよ、深掘りした議論が必要ではないでしょうか。

まとめ

 本稿の議論はあくまで「検討」であり、筆者個人として何かを結論づけているわけではありません。

 共産主義なら可能というのも、一つの思考実験です。妥当な思考実験だと、個人的には考えていますが。

 租税とはある種、国家に対する義務です。人権思想で徴兵はなくなり、徴役も否定されています。この上、徴税までなくなると……国民は国家に対する義務が、ほとんどなくなるのでは? と疑問に思います。

 国民の三大義務は「教育」「勤労」「納税」だそうです。義務なき国家は、果たして国家として立ち行くのか? 皆さんはどのように考えますか?

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阿吽
3 years ago

ここが昔から気になっていたのですが、積極財政が実現すれば、どの税をなくすことになるのかなあとは思います。

普通に考えれば、酒税もタバコ税も、相続税諸々等も無くせと言い出す人が出てくるのは容易に想像できます。

となれば、どの税を残すか・・。

法人税ぐらいになるのでしょうか?

(関税は残るかと思いますが)

ここを説明できなければ、ひろゆきさんみたいな人は雨後の筍のごとく出てくるんじゃないかと思います。

Last edited 3 years ago by 阿吽
Reply to  阿吽
3 years ago

無税国家論で一番抜け落ちている観点って社会保険料も税の一種という部分だと思うんですよね?

だから国民負担率の国際比較は、必ず「税+社会保険料」で示されています。

だって、別に年金も健康保険も、税から徴収する仕組みにしても全く問題ないですよね?

だから池戸万作さんの無税国家論も税金だけ目が行っている点がオカシイ。

社会保険料+税という観点なら、国民から100兆円以上のマネーを吸い上げていいますから。

だから、消費税は直ちに無くす悪税としても、その次は、税を無くすのですはなくて、

年金や健康保険料の抑制という話に向かうべきだと思います。

また、税という形には、なっていませんが、高速道路料金とかNHKの受信料も

本質的には高速道路利用税であり、公共放送受信税です。

また、三橋さんが批判していますが、太陽光発電の固定買取価格の電力料金への上乗せも

立派な税金です。

だから本当に無くすべき税金って、実は、税金の姿をしていないステルス税だと思います。

だから、その意味で、無税国家論って本当に有害だと思うんですよね?苦笑

阿吽

お二方、ありがとうございます。

なるほど、ステルス税ですか・・。

そうなると、社会保障の拡充(個人の負担軽減)等や、高速道路の利用料の低減もしくは廃止等々をおこなって、インフレ率の塩梅を確認しながらまだ余裕がありそうならさらなる削減や、もしくは一般的に言われている諸々の税の削減も視野に入れ始める・・・という感じになるのでしょうかね。
(消費税の廃止は当然として)

Last edited 3 years ago by 阿吽
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