先月(2019年7月)、MMTの提唱者として脚光を浴びているステファニー・ケルトン教授が来日し、日本で2日にわたって講演をしました。
私も2日目の講演に参加しました。(1日目の講演にも応募したのですが、落選しました。)
2日目の講演の様子は、Kestrelさんが記事に纏めてくださっていますので、皆さんご覧ください。(記事には私も登場しています。)
この講演のはじめに、ケルトン教授はMMTの源流となる経済学者を3人紹介しました。
この中で最も知名度が低いのはウェイン・ゴドリー(1926~2010)でしょう。(Wikipediaでも彼だけ日本語版の記事がありませんし。)講演会場でもケルトン教授が「ゴドリーを知っている人は手を上げて」と言ったのですが、挙手したのは60人いる参加者のうちのたった3人だけでした。
しかしウェイン・ゴドリーのMMTへの寄与は、ラーナーやミンスキーに比肩します。
ゴドリーの経歴は省略しますが、かなり変わった経歴を持つ経済学者です。
イギリス人のゴドリーは渡米後、レヴィ研究所でハイマン・ミンスキーやランダル・レイと出会い、MMTの源流となる理論を生み出しています。
それがSFCモデル(ストック・フロー一貫モデル)です。
SFCモデルはとてもシンプルなモデルです。
「ある経済部門(政府部門/民間部門/海外部門)の黒字(赤字)は、その他の部門の赤字(黒字)である。」というものです。
例えば政府が黒字(赤字)である場合は、民間部門と海外部門の合計が赤字(黒字)になります。
経済部門間のフロー(貸し借り)が経済部門のストック(金融資産/金融負債)を積み上げるため、「ストック・フロー一貫モデル」と呼ばれています。これは簿記会計を知っている人であれば、誰もが頷くかと思います。
このシンプルなモデルは、シンプルが故に想像以上に強力なモデル、すなわち予言ができるモデルです。 クリントン政権時代にアメリカ政府は政府黒字を達成しました。多くの専門家や当局者は喜びの声を上げましたが、ゴドリーやレイ、モズラーらは政府黒字に警告を発しました。政府黒字が発生しているということは(海外部門を無視すれば)過剰な民間赤字が発生していることになります。過剰な民間赤字は借り過ぎということですからバブルの発生を意味します。この警告はITバブルの崩壊という形で具現化しました。ゴドリーらの予言が的中したのです。これはMMTの最初の業績でもあります。意外なことに、MMTは経済黒字への警告から出発しているのです。
以下にアメリカの経済部門ごとの収支の図を示します。(この図はケルトン教授の講演でも使われました。)
図の青色が民間部門、赤色が政府部門、緑色が海外部門です。
2000年前後に政府黒字・民間赤字が発生しているのがわかります。2006年にも民間赤字が発生していますが(この時は政府黒字ではない)、これは住宅バブル(サブプライムローン問題)が発生していることを示しています。
次に日本での同じ図を示します。
1990年前後に政府黒字・民間赤字が発生しています。この時期は言うまでもなくバブルの時期です。
多くの主流派の経済学者は財政収支のバランスを気にしますが、SFCやMMTは違います。政府黒字はバブルが発生している証拠かもしれないこと、政府赤字は民間黒字であることを知っているからです。ランダル・レイは「経済の通常の状態は政府赤字である。」とまで言っています。常に拡大する資本主義経済では、民間黒字が継続し(フロー)、民間の金融資産(ストック)が拡大し続けなければなりません。そうでなければバブルのような良くないことが起きている証拠です。そのためには、政府部門と海外部門の合計が赤字である必要があります。政府は海外部門に主体的に関与できませんから、政府部門の赤字を目指さなければなりません。すなわち財政赤字です。
ケルトン教授も言及していましたが、財政収支のバランスを気にするのは間違いです。経済のバランスを目指さなくてはなりません。
ゴドリーのSFCモデルは、シンプルに経済が今どういう状態なのかのシグナルを教えてくれます。
ウェイン・ゴドリーについてはこちらの記事も参考になります。