ラドヤード・キプリングの海山物語 「偉大なるストーキー」その4|寮への凱旋

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『海山物語』 (ラドヤード・キプリング著 マクミラン発行 1923年初版 1951年再編集版) 底本 Land and Sea Tales for Scouts and Guides by Rudyard Kipling MACMILLAN AND CO.,LIMITED 1951 (First Edition November 1923)

(訳者より
19世紀イギリス南西部デヴォン州のパブリックスクール、総合軍学校。
農場の牛を勝手に連れ出したデ・ヴィッレたちは、農夫に捕まってしまいます。
同級生にしてこの物語の主人公である、コークラン、マクターク、カナブンの3人は密かに彼らを逃がすことに成功。
さらにチャンスをとらえて、農場主ヴィドレーとトゥーウェイを納屋に閉じ込めました。
とはいえ、コークランたちには寮での点呼の時間が迫ります。
このままでは遅刻で、懲罰訓練間違いなし。
そこでコークランは一計を案じ、たまたま納屋のそばを通りかかったふりをして、ヴィドレーたちを解放しました。
コークランは事情を説明する書付をトゥーウェイに要求します。)

キプリング(中央左下)と総合軍学校の生徒たち
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トゥーウェイ宅へ


「急いで、トゥーウェイさん」とコークラン。
「もう戻らなきゃならないんです。書付をくれますよね?」

「あんたらのような坊ちゃん紳士の誰かが、ワシの牛をバロウズから追い上げたんじゃ」
とヴィドレー。
「きっちり言っとくが、おめえらの先生に話すからな。ワシはおめえを知っとるぞ!」
彼は悪意に満ちた目でコークランを睨んだ。

マクタークは、ヴィドレーの爪先から頭までを見回した。
「あれ、ヴィドレーのおっちゃんじゃあないですか。
また酔っぱらってるんだね、そうでしょ。
うーん、どうしようもないな。
さあさあ、トゥーウェイさん。お宅へ行きましょう」

「酔っぱらっとる、ワシがか? バカこくな! 
おめえら、犯人のガキどもの仲間じゃねえのか? 
エブラム! あいつらの名前と番号、聞いとらんのか?」

「何だってそう荒れてるんですかねえ?」とカナブン。
「もし僕らが牛を追い上げて来てたら、こんな納屋のそばをウロウロしてませんよ。
まったくもう、バロウズの治者さんと来たら、常識がないなあ――」

「感謝の気持ちもな」とコークラン。
「思うに、あの人が酔っぱらってたから、
酔い覚ましに納屋に閉じ込めてあげたんでしょう、トゥーウェイさん。
驚きですね! まったく!」

ヴィドレーはこの見解を否定したが、その言い方ときたら、少年たちの母親が聞いたら泣くほどのものだった。

「もう、そんじゃあ牛の面倒を見に行ったらどうですか」
とマクターク。

「突っ立ってオレらを罵るのはやめてくださいよ。
親切にもあんたを窮地から助けたんですから。
何だって先に乳しぼりをしてやらないんだか? 
おっちゃん、牧場主じゃないですか。
さっさとしぼってやらなきゃ。
牛が半狂乱になるのも無理ないですよ。
みっともないったらありゃしねえ。
さあ、頭を冷やして……  何ですって、トゥーウェイさん。
ああ、ヴィドレーさんには付き合いきれないすね」

牛たちに囲まれて堆肥の山で地団駄を踏むヴィドレーを後に残し、少年たちはトゥーウェイ氏宅へ向かう道すがら、努めて彼のご機嫌を取った。
体を動かして3人は腹を空かせていたが、空腹は行儀の母である。
おかげで、トゥーウェイ夫人から大いに褒められたのだった。

45分の遅刻

「点呼には45分遅刻、門限には15分の遅刻」
と警備員のフォクシーがきっぱりと言った。
彼は通廊の入り口で、3人を待っていたのだ。

「寮長に始末書を出してください。
実に困ったことになりましたな、坊ちゃん方」

「まったくだ、フォクシー。
決まりは厳格だからね」とコークラン。

「ところで、もし聞いてよかったらだけど、
プロウト大先生はこの時間、どこで「玄人」ぶってるか、答えてくれるかな?」

「自分の研究室ですね――いつもなら、コークラン君。
点呼は彼が取りましたよ」

「そおらきた! 幸運は我らにありだ。
哀れまないでいいんだよ、フォクシー。
あいにく、今回は捕まらないからね」

プロウト先生との対決

「先生のところに来る前に、着替えに行ったんですよ。
そのせいで少し遅れました。
本当は大して遅れたわけじゃあないんです。
ちょっと引き留められたもので――」

「抜き差しならない用件に、です」
とカナブンが言い、少年たちはトゥーウェイ夫人の労作たる書付をプロウト先生に差し出した。

「先生は書類をお求めになると思ったものですから。
トゥーウェイさんは納屋に自分を閉じ込んでしまって、
それで僕ら、彼の叫び声を聞いて――
ああ、学校に牛乳を持って来てくれてるトゥーウェイさんのことですけど――
彼を出してやりに行ったんです」

「乳しぼりを待ってる牝牛が、そりゃもうたくさんいたんですよ」
とマクターク。
「もちろんトゥーウェイさんの手は牝牛に届かなかったわけで。
扉がおかしくなったんだそうです。
彼の言い分も書いてあります」

プロウト先生は、書付を3度読み通した。
疑わしい点はまるでなかった。
もっとも、トゥーウェイ夫人が振る舞ってくれた豪勢なお茶(とケーキ)については、まるで記されていないのだ。

「ふむ、君たちが農場主だの使用人だのと付き合うのは感心しないね。
もちろん、今後その――トゥーウェイの元を訪れることはあるまいな」と先生。

「もちろんですよ、先生。
あくまで、牛たちのためです」
と慈善家風に顔を赤らめて、マクタークが言う。

「で、まっすぐ戻ったんだな?」

「牧場門からほとんど走り通しでした」
とコークランが注意深く、軽微な詳細を明かす。

「1マイルくらいですよ。
もちろん、トゥーウェイさんの書付をもらうのが第一でしたが」

「でも先生、僕らが本当に遅れてしまったのは、着替えに行かなきゃならなかったからです。
びしょ濡れでしたので。警備員に言っておきましたから、彼は僕らが学校に入っていたことを知っています。
僕たち、泥まみれで先生の部屋に来たくはなかったんです」
ハチミツよりも優しい声でカナブンが言う。

「よろしい。二度とこういうことのないように」
そう言う彼は後年、少年たちのことをよく知る術を、学ぶことになる。

(彼等の学ぶ総合軍学校)

「ストーキー」な男

3人は、言うまでもなく自慢げに、9番の教室に入った。
デ・ヴィッレ、オリン、パーソンズ、ハウレットが暖炉の前で、感心した様子の仲間たちに今日の冒険をしゃべり続けていた。彼らは、一斉に立ち上がった。

「お前ら、どうなった? 
おれたちはどうにか点呼に間に合ったぜ。
ずっとあそこにいたのか?  なあ、話してくれよ!」

3人は物思わしそうに微笑んだ。
彼らは必要以上に話すタイプではなかった。

「ああ、ちょっとばかり残ってたけど、すぐ出て来た」とマクターク。
「そんだけだぜ」

「んなわけないだろ! 話してくれたっていいじゃねえか」

「そう思うか? まったくツイてたな、デ・ヴィッレ。
聖人さんにかけて、お前はまったくツイてたよ」

コークランは暖炉の真ん中を背に、スリッパを履いた片足を炎の前であぶる。

「お前に話すと、本気で思うのか?」

3人は石炭を見つめ、心底おかしそうにクスクス笑う。

「しっかし、オレたちストーキーだったな」とマクターク。
「誓ってもいいが、あらん限りのストーキーだったぜ。だよな?」

「素晴らしくストーキーだったね」とカナブン。
「でも、君らなんかに教えるのはもったいないかな」

この侮辱に室内はざわついたが、仕返しするには及ばなかった。
結局、デ・ヴィッレの示威行動に関して、牛泥棒の仲間たちが少なくとも懲罰から免れたのは、コークランたちのおかげだったからだ。

「まずまずの出来だったな」とコークラン。
「ストーキーかどうかだ」

「お前はマジにストーキーだったぜ」
そう言ってマクタークは、聞いている連中に向かって肩をそびやかす。
「まったくよ! お前はストーキーだ」

コークランは賛辞とその名を共に受け入れた。
「そう、ストーキーに状況を観察すれば、運が開けるものさ」

「ふん、そんなにグロウ(勝ち誇る)することないだろ」
とデ・ヴィッレが意地悪く言う。
「天狗になってんじゃねえか」

この後「ストーキー」と呼ばれるコークランは、それをまるで気にせず、夢見るように微笑んだ。

「まったく! そう、当然」と彼はつぶやく。
「ストーキーな男――実にいい呼び名だ。
ストーキーな男は、単に目端が利くってだけじゃあない。
偉大な人間だ。間違いない。
デ・ヴィッレ、お前はバカだ――どうしようもなくな」

デ・ヴィッレはこの評価を否定しようとしたが、それは賛同のつぶやきをもらしたパーソンとオリンに対してだった。

「そうクドクド言わなくたっていいだろ」

「いや、ダメだ。言っておく。
お前は自分のケツも拭けてない。
わかるか? 事前に少しは考えろ。
寝床で策を練っておくんだ。
上手を行くために、今回、俺は考え続けてたんだぞ。
ああ! 何てバカなんだ、お前は! 
だが、お前にとってもストーキーさは」

――コークランは教室の火かき棒を手にして、暖炉の壁に打ちつけた――

「偉大なものだろう!」

「しっかり聞いとけよ」
将たる彼の下で戦ったカナブンとマクタークが言う。

「お前の中でも、ストーキーな男は偉大な存在じゃあないのか、デ・ヴィッレ? 
どうなんだ、うすのろの詐欺師め」

「ああ」 仲間からも見放されたデ・ヴィッレが答える。
「そう、そうだと思うよ」

「思う、じゃあない。どうなんだ?」

「ああ、そうだ」

「偉大なヤツか?」

「偉大な男だ。これで、話してくれるだろ?」
懇願するように、デ・ヴィッレが言う。

「当分はダメだ」
とストーキー、コークランは言った。
そういうわけで、この物語は今日まで語られなかったのである。

(「偉大なるストーキー」完)

コークランのモデルである、
ライオネル・チャールズ・ダンスターヴィル
(軍人、英国陸軍少将)

(訳者より
卒業後、カナブン/キプリングは新聞記者・作家となり、マクタークは技師に、コークラン/ダンスターヴィルは軍人になりました。
それにしても、コークラン/ダンスターヴィルは何とも魅力的で、男子のあこがれ的存在ですね。
決して先生に好かれる優等生ではない。権威におもねることもない。
自らの意思、価値観で物事を計り、必要に応じて偽計・策略を用いる「悪」にもなれる。
仲間・同胞を大切にしつつも、己の基準によってしっかりと軽重をつける。

キプリングとの友情はその後も続き、それぞれの立場で共に、英国の繁栄のために尽くしたようですが…… 第一次大戦後、英国は凋落することとなってしまいました。
「忠義」が満足な結果を得られないのは世の常ですが、各自が尽くした「忠義」はお天道様/神は見ているし、世界に「善」なる行為がなされたことは間違いのない事実。
キプリングがこの物語の後に掲載した詩は、それを描いたもののように思えます。)

「天使の時間」

遅かれ早かれ―― 真面目、戯れ、どうであれ――
(だが賭けに戯れはなし)イシュリエルの時間
初めのうちは試練として、我らの上に訪れ、
独り寄る辺なき、我らの才と力を試さん
寿命と力量、その限りの審判
あるいはそれを超えるもの。だが我らはこれまで備えたり
花冠の時から墓場までの、長きにわたり。

なぜならば、その時こそは、我らが過去の総決算
行為、習慣、思想と感情、いざ見参
一つまとめに、多寡は知らず
そうして記録は紐解かれ、驚嘆しつつ
終に我らがまみえるものは、或るは栄光
或るは徹頭徹尾の己が不徳
何者も我らを変えることはできぬ、死して救わるるとも!

※イシュリエルは大天使である。その槍には魔法の力があり、人がどのように生きて来たか、正確に、ありのままを明らかにする。

(次回からは、軍艦における火災事件を記す「サラ・サンズ号の炎上」です。)

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