需要>供給、つまり需要(モノやサービスを買いたいと思う人)の方が、供給(モノやサービスを生産・提供する人)よりも多くなったとき、モノやサービスの価格(物価)は上がります。
デマンドプルインフレ(demand pull inflation)とは、まさしく文字通り、需要(demand)に引っ張られる(pull)インフレのことです。
デマンドプルインフレは、原材料費や燃料費など、経費の変動に関係なく、純粋にモノやサービスが売れた利益の部分が大きくなるため、一般的に“良いインフレ”と考えられています。
デマンドプルインフレが起こるプロセス
需要>供給、つまり需要が供給を上回ったときに物価が上がる、とはいっても、具体的にはどのようなプロセスを踏むのか。
順を追って見て行きましょう。
あるネジを生産する企業A社があったとします。
A社の顧客となる企業はB〜Fの5社。
景気が良くなり、顧客側からの注文が殺到し、A社の生産ラインはフル稼働状態です。
ある時、顧客B社がA社に言いました。
悪いんだけど、ウチの会社にもっとネジを回してくれない?
いやいや、ウチもいっぱいいっぱいでね・・・
わかったよ。じゃあこれだけ高く買うから、ウチの方にもっと回してよ
え、ホントに?いやぁ嬉しいなぁ。じゃあ次はお宅のトコに多く回すよ
…次の期、A社は、別の顧客C社に対して、
今期納入出来るのは、これだけだよ
えぇ?そりゃ困るよ。だって前回はこれだけ回してくれたじゃん
いやぁ、B社の人に値段上げるって言われちゃってね。B社に多く回すって約束しちゃったんだよ
なんだって?しょうがない。じゃあウチもこれだけ値段上げるから、次は頼むよ
このような具合で、値段は上がっていきます。
無論、このまま行くと、A社はD~F社に卸すネジの量が足りなくなり、ヘタをすると契約を切られてしまうため、ネジを増産する必要があります。
ネジを増産するためには、設備投資をして、生産設備を増やしたり、改良して生産量を増やします。
つまり、設備投資という需要が生まれるわけで、これによって需要>供給の状態は維持され、企業側にとっては“常に儲かる”状況が続きます。
無論、ネジ工場の社長・前野氏だけではなく、国内でモノやサービスを生産・提供している”ほぼ全ての企業が儲かる“状況です。
企業が儲かれば、そこに働く労働者の賃金も上がる可能性が高くなります。
労働者は、同時に最終的に製品を購入し、企業を儲けさせる消費者にもなるわけですから、賃金が上昇し、所得が増えた”労働者=消費者”は、モノやサービスをたくさん購入・消費することになり、企業はますます儲かり、ますます労働者の賃金が増えていく。
これが好景気と呼ばれる状態です。
しかし、これは、需要≧供給、すなわち需要と供給が同じか、需要の方が僅かに上回っている状況でのお話であり、現在のデフレ不況に苦しむ日本では起こりにくい状況なのです。
デフレ不況からデマンドプルインフレ好景気にするには
今現在の日本の経済状況、デフレーション(deflation;物価が継続的に下がっていく状況)では、そもそも最終的に企業を儲けさせる消費者=労働者の賃金も下落し、モノやサービスを購入しなくなっているので、企業が生産するモノやサービスが売れない、つまり儲からなくなっています。
企業が儲からないと言う事は、労働者の賃金が増えることもなく、物価がさらに下落する傍ら労働者の賃金もさらに下がり、さらにモノやサービスは買われなくなり、企業はますます儲からなくなっていきます。
つまり、この状況を打開するには、誰かがモノやサービスを消費(購入)し、企業を儲けさせる必要があります。
不況で誰もモノやサービスを買わない状況で、誰が買ってくれるのか?
もちろん、通貨発行権を持ち、徴税権という巨大な権限を持っている政府です。
不況の時こそ、政府が財政出動を行い、同時に減税政策をとって国民の可処分所得を増やし、消費を促せばよいのです。
つまり、政府が財政政策によって経済に介入、すなわち財政出動をすることで、意図的に企業が常に儲かり、個人の所得が増える環境を作り出し、景気を回復させ、国民生活を豊かにすることができるのです。
財政政策の真の意味と自民党憲法改正案
本来「財政政策」とは、景気を一定程度に良好に保ち、国民生活を豊かにするために存在します。
決して、政府の負債を減らすために存在するものではなく、国民の豊かさのため、そして国民の安全保障を高めるためのものなのです。
日本国憲法第83条では、
「国の財政を処理する権限は、国会の議決に基づいて行使しなければならない」
とあり、財政政策は民主主義的な手続きに基づいて行わなければならない、と規定されています。
いわゆる「財政民主主義」です。
ところが、自民党憲法改正案第83条二項には、
「財政の健全性は、法律の定めるところにより、確保されなければならない」
として、一項で定められた財政民主主義により、採り得る手段である「財政赤字の拡大、すなわち国債発行を財源とする政府支出の拡大による景気回復」を実質的に禁じる項目が盛り込まれています。 “財政の健全性”とは、いわゆる財政均衡主義(均衡財政主義)、すなわち「政府の歳出(支出)は、歳入(税収入)で賄われなければならない」とする一種のイデオロギーに基づく思想です。
この思想が盛り込まれた自民党改憲案に基づく憲法改正は、現在の日本のように政府債務が拡大した状況を「不健全な財政状況」と断罪し、財政政策の自由度を著しく狭めてしまうのです。
財政政策は、あくまで国民の生活を豊かにするとともに、政府が国民生活の安全性を高める設備やインフラに投資するために行われるもの、すなわち「経世済民」を実現するためのものです。
つまり財政支出の拡大、そして国債の発行も国民の生活をより豊かに、安全にするために行われる重要な手段です。
それを禁じる憲法改正など、決して許してはいけないのです。