インフレの種類④ ~ 良いコストプッシュインフレ、悪いデマンドプルインフレ、最悪のデマンドプルインフレ

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「物価が高い!」と、みなさんが感じるのは、どんなときでしょう?
手持ちのお金と、買いたいモノ・サービスの値段を比べて、あるいは自分の所得と買いたいモノやサービスの値段を比較したときに、自分の所持金や所得より多かったり、かなり多くの割合を割かねばならないときに感じるのではないでしょうか。
つまり、私たち消費者労働者が体感として感じる物価とは、所得との比較が基準となります。
本記事では、この点を踏まえてコストプッシュインフレ、デマンドプルインフレというものを再考してみます。

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良いコストプッシュインフレ

私たちの所得において、主要なものは何でしょう?
給与所得者にとっては、賃金です。
賃金は、雇用者企業の視点から見るとコストになります。
人件費(賃金)、減価償却費や輸送費、原材料費・燃料費などを差っ引いたものが企業の利益になるわけですね。

賃金はコストですので、賃上げ分が価格に上乗せされることになると、これはコストプッシュインフレということになります。
つまり、私たち労働者の賃金が上がると、原則的に物価が上がることになるのです。
人件費の上昇によっておこるコストプッシュインフレは、労働者の賃金所得を増やしますから、多少物価が上昇しても労働者国民の生活が圧迫される可能性は少なくなりますし、「多少高くても必要なら、欲しければ買える」という環境になりやすいので、いわゆる「良いデマンドプルインフレ」を呼び込む呼び水となる可能性があります。

なお、この良いデマンドプルインフレを許容する状況下では、設備投資も進みやすく、設備投資が進むと生産性が向上して価格を抑制する圧力となりますので、コストプッシュによるインフレは抑制されやすい環境になります。
そして政府による交通インフラなどに対する公共投資により、輸送等に係る経費削減も加われば、さらにインフレ圧力を減衰することができるでしょう。

逆に、現在のように法人税率が低く、利益を最大化して内部留保や株主配当に売上の多くが流れてしまうような経営環境では、例え生産性が向上したとしても、その分が全て利益として労働者の前を素通りしてしまうため、労働者の賃金は上がりません。

ゆえに、このような利益最大化がまかり通る状況下では、賃金が上昇せず物価上昇は鈍化しやすい状況になる、すなわちデフレ・ディスインフレの状況になります。

そのため、利益を圧縮して人件費(コスト)に還元するような経営環境になれば、コストプッシュインフレを起こさなくても労働者の賃金が上がり、「良いデマンドプルインフレ」の呼び水となるでしょう。

悪いデマンドプルインフレ

一方、悪いデマンドプルインフレというものが存在します。
これは、需要に対して供給が追い付いていない状況で、良いデマンドプルインフレが消費者側の所得に余裕があるために起こるのと異なり、単純に国内の需要を供給側が満たせていない状況、すなわちモノやサービスの供給不足によっておこります。
これは、労働者・消費者の所得の多寡に関係なく起こりますが、特に後進国のような供給能力が低い国で起こりやすいインフレです。
国内の産業が発展しておらず、モノやサービスの供給を輸入に依存せざるを得ない国では、当然労働者の職業選択肢は限定され、賃金も抑制されます。
なぜかというと、輸入製品や海外のサービスとの価格競争において、質はともかく安さで対抗して、売上利益、所得を獲得せざるをえないからです。

しかし、輸入されるモノやサービスの価格は、輸入先の国の物価の影響を受け、さらには為替相場の影響も受けてしまいますから、物価は高いのに賃金は低い、という状況が常態化しやすいのです。
そして、モノやサービスの供給を輸入に依存しているということは、常に通貨安になりやすい圧力が掛かり、自国内の投資が不活発な状況では海外からの投資も得づらく、さらに通貨安の圧力がかかり、常に国民の所得に対して物価が高止まりしてしまうことになってしまいます。

つまり、国内の供給能力が低いために起こる悪いデマンドプルインフレの状況下では、輸入物価の高騰による悪いコストプッシュインフレを呼び込みやすいために、経済的に発展していない後進国は、なかなか経済発展が遂げられないという状況に置かれてしまうのです。
そこから脱出するために、後進国では安い賃金をエサに海外企業の工場や資本を呼び込むことで外貨を獲得し、同時に国内の供給能力を底上げして経済発展をしていくという方針を取る国が多いのです。

最悪のデマンドプルインフレ、ハイパーインフレ

ハイパーインフレとは、インフレ率が年率1万3千%以上という凄まじい物価高騰のことを指します。
歴史上でも極めてレアケースで、現在世界で57件のハイパーインフレが確認されていますが、有名なところでは第一次大戦後のドイツ、近年ではベネズエラやジンバブエやなどで起こりました。
大東亜戦争直後の日本でも激しいインフレが起こりましたが、それでも最大年率で約290%と300%に届かないもので、ハイパーインフレとは呼べるものではありませんでした。

さて、ハイパーインフレとは行かなくとも、激しいインフレ率の高騰はどのような状況で起こるのかと言えば、需要に対して、供給が極小化してしまうことによっておこります。
つまり、平時のコスト上昇による物価上昇とか、国民所得の向上による物価上昇などなどというレベルではなく、戦争や天災、革命や貿易相手国の過酷な経済制裁など、国家レベルの大混乱が全国規模で襲った場合に、国内需要に対して供給能力が著しく毀損され、低下した場合に起こる、ということです。

例えば、第一次大戦後のドイツにでは、当時ドイツの工業生産能力の大半を占めていたルール工業地帯の占領が有名ですが、それ以前から、食料供給に深刻な問題を抱えていました。
ドイツは第一次大戦下の1916~1917年に“カブラの冬“と呼ばれる飢饉に襲われました。

当時のドイツは大麦や小麦といった主食原料供給の1/3を輸入に依存していましたが、第一次大戦が勃発。
それによってその輸入元であるロシアやアメリカ、ルーマニアと交戦状態に陥ったために食糧の輸入が途絶、さらにイギリスによる海上封鎖などによって食料供給に著しい支障をきたしており、このこともハイパーインフレの要因として挙げられるでしょう。

またジンバブエでは、1999年に勃発したコンゴ内戦に干渉するために約1万の軍隊を派遣。戦争を実行するというのはそもそも高度なインフレを惹起しやすい状況になりますが、そこへ白人が所有する農場の強制収容、黒人農民に分配するという革命に近い強引な農地改革を断行。
結果白人地主が持っていた農業技術が失われ、急速なインフレによってハイパーインフレとなってしまいました。

そしてベネズエラは、産油国でモノの供給を輸入に依存していました。
主要な輸出相手国はアメリカでしたが、反米左派政権に対するアメリカ政府の経済制裁によって困窮状態にあるところに、トランプ政権がベネズエラからの石油輸入を原則禁止、PDVSA(ベネズエラの国営石油会社)の米国内の資産凍結を宣言。
外貨獲得手段を失ったベネズエラ政府は、国内民間部門への外貨供給を削減し、結果として生活必需品の輸入が困難となったため極端なモノ不足に陥り、ハイパーインフレとなってしまいました。
ベネズエラ、米石油制裁で進む危機 細る外貨獲得
ジェトロ ベネズエラ(PDF)

ちなみに大東亜戦争直後の日本の高インフレは、元々戦争によってインフレ傾向にあったところに加えて、戦争終期、アメリカ軍の爆撃による生産拠点の破壊、さらにはアメリカ潜水艦による輸送船の破壊などによる海上輸送能力が壊滅し、モノの生産と輸送が著しく困難となったために起こっています。

以上の4例を見渡して共通していることは、供給コスト上昇によるインフレというよりは、需要に対して供給が著しく低下したことによってモノの供給自体が困難になった場合に起こっていることが解ります。
(巷間言われる貨幣の過剰供給はこれを助長しているにすぎず、直接的な原因ではありません)

つまり、ハイパーインフレとは、デマンドプルインフレの一類型なのです。

インフレとは何なのか

さて、ここまで見てきていただいてお分かりかと思いますが、インフレとは単純に需要と供給の関係のみで決定されるものではありません。

そしてデマンドプルインフレだから良い、コストプッシュは悪い、というものでもありません。

要因によってはコストプッシュインフレでも歓迎すべき場合もあるし、決して引き起こしてはいけないデマンドプルインフレというのも存在するわけです。
要するに、インフレ、あるいはデフレという物価の変動というのは、その時の社会や経済の構造や状態を示す一指標、結果に過ぎず、インフレしたからと言って国民生活が豊かになるとかそんなことはないわけです。

国民生活が豊かになるためには、需要に対して十分な供給能力が確保され、国民所得が貯蓄の可能なレベルで十分以上に確保された状況が必要です。
この状況がなければ、インフレだろうがデフレだろうが、国民生活は良くはなりません。
日本は過去20年ほど、インフレ率が伸び悩んだデフレ・ディスインフレ状態にはありますが、もしこの20年ほどの間も国民労働者の賃金所得が増え、かつ増え続けていたのであれば、インフレだろうがデフレだろうが関係なく、国民にとっては幸せなことだったでしょう。

つまり、国民の豊かさを真に追求するためには、国民の賃金を抑制する主たる要因である緊縮財政、並びに株主利益優先・利益膨張コスト圧縮型の経営が蔓延する現在の経済構造を打破し、駆逐する必要があるのです。

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