無意味な緊縮苦行・増税苦行を止めよ!!

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釈迦が王子の座を捨てて出家してから悟りを得るまで7年くらいの年月がかかっているが、彼が悟りを得るまでには様々な無駄・無意味な苦行をしていた。
釈迦が悟りを得る少し前、スジャータという娘に会い、彼女が釈迦に乳粥を提供して、釈迦がそれを食したことから、節食断食苦行をしていて身体が完全に衰弱しきっていた釈迦は命を救われた。
一方、釈迦と一緒に修行していた僧侶達は、娘は大蛇以上に恐ろしい誘惑の悪魔だ、釈迦は誘惑に負けた堕落者だと断じ、釈迦を見捨ててその場を逃げた。
釈迦はその乳粥を食べながらスジャータの
「琴の弦は締めすぎると切れてしまうが、締め方が弱いと音が悪い。
琴の弦は適度に締めるのがいい」
という言葉を聞いて、修行・苦行を方針転換。
その後に釈迦は解脱に至ったのである。
さて、釈迦の時代から2500年たった現代でも、無駄・無意味な苦行が断行されていた。
バブル崩壊以降の平成時代の緊縮財政がそれである。
また、平成時代の相次ぐ消費増税等の各種増税がそれであった。
釈迦の教訓から学ぶべきなのは、琴の弦のきつさがインフレ率等に相当するということだ。
琴の弦は締め過ぎると切れてしまうことは、緊縮財政や増税で過度にインフレを抑制してしまい、デフレ不況が続くことと合致している。
だから、弦を適切に締めるのと同じように、適切なインフレ率にコントロールすべきである。
そう考えると釈迦と一緒に修行していた僧侶達は、現代で言えば緊縮財政政策や増税政策を
推進する経済学者達と言えよう。
つまり、積極財政を断行しようとすると、
「ハイパーインフレになる!!」
「インフレが止まらなくなる!!」
「財源がないから消費増税するしかない!!」
等と言われ、積極財政を断行することを阻まれるのである。
修行・苦行は過酷・深刻になる程絶対善であり、修行・苦行を少しでも弱めることは絶対悪である。
このような考え方は、釈迦が悟りを開く前にしていた間違った考えだったが、彼が悟りを開いた後もこのような間違った考えをしている者は後をたたない。
経済政策を討論する政治家・経済学者・経済評論家等の中にも、緊縮財政は絶対善、それも過酷・深刻な緊縮財政ほど善であり、積極財政は悪魔の誘惑であり絶対悪であるという考えが横行している、蔓延っていると言って良かろう。
もし彼らの考えが正しいのであれば、ローマ帝国や中国の歴代王朝の興亡盛衰と矛盾する。
何故なら、ローマ帝国や中国の歴代王朝は税率が低い時期は安定・繁栄した治世であり、税率が高い時期は国が崩壊して一直線に滅亡していく時期だったからである。
もし彼らの主張通りなら、ローマ帝国や中国の歴代王朝は、税率を引き上げていく程、経済力が増大していって滅亡するどころか経済は奇跡的なV字回復を達成していたはずである。
しかし実際には、彼ら緊縮増税派の考えとは真逆に、増税すればする程国が傾いていったのである。
日本の歴史でも、江戸幕府は初期は積極財政で人口も経済力も右肩上がりだった。
しかし、幕末には緊縮財政になってしまい、積極財政で力をつけてきた薩摩や長州の西南雄藩にすら戦で勝てなくなり、江戸幕府は歴史から退場したのである。
その他様々な歴史を見ていると、基本的に経済では積極財政を採用する方が成功することが多いことが分かる。
緊縮財政が成功するのは、高率なインフレを抑制する稀な例外的な場合くらいであり、経済の基本は積極財政である。
しかし、人間は何故か苦行や修行が好きな生き物だ。
だから、どうしても心理的には緊縮財政を採用したくなる。
河合が幼少の頃、オウム真理教のカルト的な苦行や修行を有難がっていたオウム信者の方々がいたように、カルト宗教の修行や苦行を有難がる人は多い。
日本の経済政策でも、財政支出の抑制や消費増税や各種増税はカルト的な緊縮苦行・増税苦行だった。
それも百害あって一利なしの経済政策だった。
2020年になってから、イランのソレイマニ司令官が殺害された事件から、中東情勢の悪化に反応して、下落トレンドだった仮想通貨価格やビットコイン価格が上昇トレンドに転じた。
2020年はイギリスEU離脱やドイツ銀行の破綻、日本の消費増税等で世界経済総崩れの年となるだろうが、その反対側で聖域と化す仮想通貨の価格が飛躍していく年となるだろう。

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