ラドヤード・キプリングの海山物語 「ジョーンズ青年の寓話」その2|一旦緩急あれば……

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(訳者より
20世紀初頭、イギリスのサセックス州。来るべきドイツとの戦い、第一次世界大戦に備えるべく設立された民間射撃場/ライフルクラブ。
友人に連れられてここを訪れたジョーンズ青年もライフル射撃を試みますが、さすがは初心者。まったくうまくいきません。一方、本職は肉屋だという太った男は軍曹の指導の下、500ヤード先の的を見事に撃ち抜きました。)

1904年にイギリス陸軍で採用されたリー・エンフィールド・ライフル
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レンガ職人ジェヴォンズと沿岸警備隊員コーデリー

「一体、どうやりゃこんなことできるんだ?」とジョーンズ。

「練習だよ――最初は倉庫で200ヤードの距離からな。
彼はおれたちより5、6歩先を行ってる」と友人。
「だけど、5秒間で出て来るダミーの頭と肩を撃ちまくる競技だと、彼は大した腕じゃない。
そっちでは、ジェヴォンズが1番だ」

「おお、早撃ちの話か!」
と軍曹は言い、――ジェヴォンズが7発撃っている間に――ジョーンズにちょっとばかり面白い講義をしてくれた。
霧の多いイギリスの気候の利点、戦闘における閉じられた地形の重要性、さらに、小火器でよく狙えば砲兵隊を一掃する――彼の言葉では「浴びせ撃ち」――のが定位置からでも可能であることについての話だった。

「さて、僕はもうレンガを積みに行かなくちゃ」とジェヴォンズ。
「僕の成績は26点、カードにサインをお願いします、軍曹」

彼は立ち上がり、膝の埃を払って行ってしまった。
彼に取って替わって、色黒で猫足立ちの沿岸警備隊員が撃つ。
このゲームが大好きなようだ。
彼には3発だけで十分、狙った場所――外枠の5時、内枠の3時、そしてど真ん中を撃ち抜いた。

「コーデリーは何にも頼らないんだ」と軍曹。
「あいつは毎回、的中させる方法が感覚でわかるのさ。
俺は気に入ってる。ずっと理にかなってるよ」

地理学協会員が、地球の自転のせいで1000ヤードにつき1ヤード程度、弾丸に影響が出ることをジョーンズに説明していると、6人の少年たちの一団が駆けて来た。

ボーイ・スカウトの少年たち

「200ヤード射撃に入門します!」

「聞いてるよ」と軍曹が言う。
「弾薬箱を取れ。
俺のレインコートとバッグを持って、200ヤード射撃場へ静かに来るんだ」

この指示は無用であった。
少年たちは荷物を拾い上げ、二人一組で行進していく。ボーイスカウトのやり方だ。

「あいつらは合格組だ」と友人が説明する。
「お前が今見た少年たちはな。
小型ライフルのテストにうかったんで、野外での射撃に慣れてもらおうってわけさ」

「それで、どうするんだ?」
とジョーンズは、ライフル射撃における「ジャンプ」と「フリップ」(銃口の跳ね上がり)について語る地理学協会員からゆっくり離れながら言う。

「今わかる」と軍曹。
「この風が試練になる!」

岩でせき止められた水流のように、吹き下ろしの風が谷間を走る。
雲が素早く駆け、太陽を横切る。
だからその瞬間、ビスレー社製8インチの的が、前に出るのは車のヘッドライトのごとく、次いで射撃場の灰緑の草むらへ引っ込むのはバックで坂を上る機関車のようだった。

少年たちの射撃

「注目!」
軍曹は、少年たちが射撃位置に着くとそう言った。
「言っておくが、的のところはは秒速3フィートの風で、強くなってきている。
2発と同じようには撃てんぞ。
実力が出せないと思ったら、良い日を待ってもいいんだからな」

顔を見合わせてにっこり笑う以外には、何の動きもなかった。

「やれやれ」ちょっと間をおいて軍曹が言う。
「このヒヨッコどもは、嵐が来ても動かんようだな。
この春に教えてきたことを思い出せ。
右側から順に、狙撃開始!」

少年たちは1人ずつ撃っていった。
よく見覚えた先輩たちの動きを、銃床の実包を叩くところまで注意深くなぞっている。
照準を合わせ、やり直しては顔をしかめ、ぶつぶつ言い、意見を交わす。
彼らは影が太陽に場所を譲るとライフルを持ち上げ、構えたまま待ち過ぎて、撃つ頃には食わせ者の雲が戻って来る。
不快で、寒く、鼻水が垂れ、目を酷使する作業だったが、少年たちは熱心に取り組んで楽しんだ。

おしまいに、彼らは得点カードを見せた。
1人は27点、2人が25点で、24点が1人、そして22点が2人。
ジョーンズは両手を膝に置き、最初から最後まで何も見解を述べなかった。

射撃の方はそうじゃあない

「オレも撃っていいですか?」
彼はおかしなほど柔和な声で話しかけた。

しかし、体が冷えてしまった軍曹はすでに採点手に笛で合図して、射撃場から出させていた。
若者たちが吹き流しを集め、チリンチリンと鳴る使用済み弾薬ケースと一緒に軍曹のカバンに戻す。射撃は終わった。

「まあ、いいが」と軍曹。

「あの子たちの一人、背中が曲がってましたね」
健康な者が奇形に抱く忌避の感情をもって、ジョーンズが言った。

「だが、射撃の方はそうじゃあない」と軍曹。
「彼は27点だった。名前はミリガンという」

「オレも一発撃ってみたかったな」とジョーンズがまた言う。
「単に遊びでってことだけど」

「ふ~ん、遊びでってことなら」と友人が提案する。
「弾を込めて、取り出すのはどうだい。
ダミーの弾はありますか、軍曹さん?」

軍曹は、無尽蔵の自分のカバンから、手のひらいっぱいのダミーを取り出した。

ミリガンのお手本

「どうやって込めるんだ?」
そう言ってジョーンズは、弾丸の端をつまんで薬包を左手に持ち、右手でライフルを抱えた。

「来てくれ、ミリガン」と友人が呼んだ。
「この薬包を込めて、また取り出すんだ。
やってもらえるかな?」

障碍者の少年の指が一瞬、銃尾の辺りで動いた。
ダミーの弾はカチッといって消えた。
彼は射撃場の方へ向き直って、およそ1秒ずつ各狙撃の姿勢を取り、肩越しにダミーの薬きょうをすべてはじき出した。
ジョーンズは宙を舞う薬きょうを機械的にキャッチする。
彼はクリケットの守備が得意だったのだ。

「タイムは15秒」と友人。
「今度は君だ」 

ジョーンズは首を振り、「いや、やめとく」と言う。
「今日は日が悪いや。さっきのは弾倉撃ちって感じじゃあないか」

「そうだ」と軍曹。
「だが、暗い場所や窮屈な姿勢での弾込めは、もっと難しいぞ」

少年たちはふざけ合いながら帰って行った。
他の者たちは、強まる風の中、家路をぶらぶらと歩く。
ただ軍曹だけは、採点手と一言二言交わしてから、道をそれて射撃場の方へ向かった。

一旦緩急あれば……

「いろいろと難しいみたいだな」
しばらくしてジョーンズは友人に言った。
「でも、教えてくれなくていいんだ」
彼は不安げな声で続けた。
「時が来たからって、イギリスの誰もが一つになって――
ああ、祖国防衛に馳せ参じるわけじゃあないだろ」

「馳せ参じたなら、立派に役目を果たせるだろうにな。違うか?」
と友人はそっけなく言う。
「考えてみろよ、お前みたいなタイプが10万人、初めてライフルを渡される。
弾込めも射撃も自己流だ! 病院も定員オーバーになるぜ!」

「ああ、コツをつかむには時間がかかるからな」
とジョーンズは楽し気に言った。

「その時ってのは」と友人が答える。
「お前がそうと知る頃には、すでに来てしまっているものさ。
多少の時間――おそらく10時間か12時間――はあるかもしれない。
だが、おれたちが準備するのに許される時間は間違いなく、一昼夜とないだろう」

「少なくとも6か月はあるだろ」
ジョーンズは自信を持って言った。

「あっあ~、そいつは新聞で読んだんだろう。
そんなものはあてにしない、おれがお前ならな。
何か月も前から決まってるクリケットの州大会じゃあないんだぜ。
ところでお前、今季の州大会には出てるのか?」

この質問は、ジョーンズには聞こえていないようだった。
彼は友人のライフルを手に取り、ボルトをいたずらに動かしてみている。

「ちょっとすみません」と採点手が低い声で友人に言った。
「軍曹さんが、射撃を九百ヤードの距離でやってみようとのことです。
それで私は待機してるところです。よろしかったら、塹壕に入ってみませんか?」

(続く)

(訳者より
来るべきドイツとの戦争(=第一次世界大戦)に備えて、民間有志が射撃訓練に励む様子が描かれています。戦争のような「緩急=非常事態」には前々からの備えが重要であることは論をまちませんが……

ひるがえって我が国の場合、「財政破綻」という幻の「緩急」を回避すべく着々と準備を進め、橋梁や送電設備の老朽化~崩壊、国民の需要力毀損=生産力・供給力崩壊、後進国への転落という真の「緩急」に向かっている。消費税増税というアクセルを踏み込んで。

やはり積極財政への転換に向けての言論戦が決定的に重要ですね。同時に、空気を読むのでなく、「何が真に役立つことなのか」を自ら考えること、それを一人でも多くの人が行うようになってくれればと願います。その努力の一端に関われて、我ながら幸せだと思うところです。)


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