経済学と信用創造-商品貨幣論と主流派の本源的預金の矛盾

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 本稿では、主流派経済学のいう信用創造の矛盾点を指摘します。端的にいえば、又貸し理論の矛盾点です。
 この矛盾を指摘することで、商品貨幣論や主流派経済学の矛盾も顕になるでしょう。
 とすると、現代貨幣理論(MMT)の正当性も主張できると考えます。

 とはいっても、難しいことでもありません。
 知識として必要なのは「誰かの債務=誰かの債権」という、ごくごく当たり前の経済原則だけです。

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主流派経済学の信用創造の説明

 まずは主流派経済学の、信用創造を説明します。

  1. 本源的預金が存在する
  2. A銀行はa社に融資する
  3. a社はb社から、ものを買う
  4. b社はB銀行に売上を、預金する
    以下、2~4のループ

参照:信用創造 – Wikipedia

信用創造(しんようそうぞう、英: money creation)とは、銀行が初めに受入れた預金 (本源的預金) の貸し付けによって預金通貨を創造できる仕組みを表す。

 これが又貸し理論です。最初の本源的預金ってなんだ? というわけ。
 ちなみに色々探しましたが、本源的預金の正体を、答えてくれるテキストは皆無でした。

本源的預金とは何なのか? の可能性を探る

 主流派経済学の信用創造では、「銀行が融資したら、お金(預金通貨)が生まれる」という信用創造を採用してません。

 「誰かの債務は、誰かの債権」は、経済原則です。銀行にとって預金とは、負債です。
 では本源的預金とは、銀行に預金する前に「債権だけが、存在していた」はずです。

 ……いやいや、ヨハネの福音書の「初めに、ことばがあった」じゃないんですから。

 これが主流派経済学の信用創造、又貸し理論の矛盾点になります。
 現代貨幣理論(MMT)のいう信用創造は、信用創造とは?わかりやすく信用創造を初心者向けに解説をご覧ください。

本源的預金という「仮想の設定」は商品貨幣論から来ているのでは?

 主流派経済学の貨幣論は、商品貨幣論です。商品貨幣論とは、突き詰めれば物々交換経済です。
 タドリー・ディラードが、主流派経済学を「物々交換幻想」と言ったように。

 物々交換であれば、本源的預金が「生産によって生じた」と設定可能なのではないか? と思います。
 つまり生産して、自分では消費しきれない”余剰”が商品となり、その商品は商品貨幣論では貨幣も一緒。こうして本源的預金を想定したのではないか? と類推します。

 しかし民俗学者、歴史学者の間では「太古から、物々交換経済の証拠は見つかっていない」のです。
 むしろ見つかるのは、太古の昔から貨幣=負債であり、貨幣は「債務と債権の記録であった」という証拠ばかりです。
 それも当然です。なぜか?

 物々交換には、弱点があります。
 「自分の持っているモノを、相手がほしいとは限らない」からです。つまり、2重の条件が生じるのです。

  1. 相手が欲しいモノを、自分が持っている
  2. 自分が欲しいモノを、相手が持っている

 なかなか、難しい条件でしょう。
 上記を満たすよりは、太古の小さな共同体内では「貸し借りや、譲渡と返礼の風習」があった。とするほうが、よっぽど説得力があります。

なぜ主流派経済学は、信用創造を理解できなかったのか?

 本源的預金とは、表現を変えれば「誰かが、純粋債権(誰の債務でもない資産)を持っていた」ということです。あまりに、無茶な想定ではないでしょうか。

 現代貨幣理論(MMT)の信用創造、つまりMoney Creationのほうがしっくりします。
 余談ですが、日本語版Wikipediaの又貸し信用創造は主流派経済学ですが、英語版Wikipediaでは現代貨幣理論(MMT)の解釈が書かれています。
参照:Money creation – Wikipedia

 英語圏ではすでに、主流派経済学版の又貸し信用創造は「過去の説」であり、間違った説になっています。
※日本語版Wikipediaの信用創造の議論は、なかなかひどいことになっています(笑)

 主流派経済学はスタンフォード大学の教授、ポール・ローマーによれば「他の分野の学問を、一切無視する人たち」だそうです。
 ゆえに社会科学的にありえない仮定を、平気で設定するようです。

 リフレ派の「日銀がマネタリーベースさえ増やせば、非金融部門が借りてくれるはず」という「ありえない設定」もその1つです。

 主流派経済学はサプライサイド(供給側)から、考えます。したがって「お金を誰かが需要したら、お金が生まれる」というオンデマンドサイド(需要側)は彼らにとっては、理解ができなかったのではないか? と思われます。

 又貸し信用創造でいえば、「本源的預金という供給があって、そこから信用創造される」と考えたのではないか? と類推します。

現代貨幣理論(MMT)の正当性は、まさに「貨幣論であるから」

 主流派経済学は、200年以上に渡って貨幣論を封印してきました。なぜか? イギリスでジョン・ロックとアダム・スミスが、貨幣論で失敗したからです。
参照:21世紀の貨幣論(フェリックス・マーティン)

 経済を論じる以上、貨幣とはなにか? は土台です。そして貨幣とは、はるか昔から使われてきたのですから、歴史からその本質がわかるはずです。
 そして現代貨幣理論(MMT)の言う通り、貨幣とは特殊な負債でした。

 この”事実”から理論を積み重ねない限り、間違えるのは明白でしょう。主流派経済学に、多くの仮定や設定、フィクションが必要なのは「最初から間違えていたから」に他なりません。
 少なくとも、貨幣論や金融論ではそうです。

 主流派経済学のいう又貸し信用創造の、本源的預金という「フィクション」は、現代貨幣理論(MMT)の正当性に説得力をもたせるのではないか?
 上記のように提示して、議論を終えたいと思います。

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