現代貨幣理論(MMT)とリフレ理論の違いとは? 貨幣経済の貨幣論二大潮流

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 初めて中野剛志さんの富国と強兵で紹介された「国定信用貨幣論」は現代貨幣理論(MMT)です。また日本では紹介されたのちに、先駆けて望月夜さん、みぬさ よりかずさん、sorata31さんなどが現代貨幣理論(MMT)を紹介しました。

 私も今では立派な? MMTerです。

 現代貨幣理論(MMT)を学んで、最初に思ったことは「これ、絶対リフレ派や新自由主義と混同する人がでてくるな……」です。

 本日は現代貨幣理論(MMT)が、リフレ理論や新自由主義の新古典派経済学とどう違うのか? を簡単に解説してみたいと思います。

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新古典派経済学(新自由主義)の理論は物々交換理論

 新古典派経済学の一般均衡理論には、貨幣が介在する余地が「ない」のが事実です。すでに論じたことなので、MMT批判 経済評論家の藤巻健史参院議員はお金を知らないから引用します。

 新古典派経済学による貨幣へのアプローチによればこうです。

 一般均衡論の確立に最も頁献した新古典派経済学者の一人であるF.ハーンは、新古典派経済学が一般均衡モデルにおいて貨幣をまともに扱えていないことを次のように告白している。

告白内容は、専門家でもなければ、理解できないでしょう。興味のある方は、上述URLからどうぞ。

 一般均衡モデルとは、新古典派経済学・主流派経済学の根幹にある理論です。
 すごく簡単にいえば、主流派経済学は物々交換をずっと研究してきたのです。

 経済学者ダドリー・ディラードは、主流派経済学を「物々交換幻想」とまで評したようです。
参照:富国と強兵(中野剛志さん著)セイの法則と一般均衡より

リフレ派理論は新古典派経済学の亜種

 新古典派経済学の貨幣の中立性という議論を見てみましょう。これは貨幣数量説ともいいます。

貨幣の中立説 貨幣量の増減は物価にだけ影響を与え、生産活動や雇用の増減などには影響を与えないとする説。 古典派経済学の中心的な命題のひとつであり、中立説によれば、貨幣は社会的な分業や効率性をもたらす以上の役割はない。

貨幣数量説 – Wikipedia

 この貨幣数量説ないし貨幣の中立性を分解すると、こうなります。

  1. 貨幣は物価にのみ影響を与える
  2. 雇用の増減には影響を与えない=需要は増えない
  3. 需要が増えない=政府がいくら需要(政府の需要創出)をしても、意味がない
  4. 政府の需要創出は意味がないので、小さな政府でOK
  5. 物価には影響を与えるので、金融緩和さえすればインフレになる

 見事に「財政出動しなくても、金融緩和でインフレになる!」と言っている、リフレ派理論です。
 リフレ理論が新古典派経済学の亜種である、とご理解いただけたと思います。

貨幣負債論は新古典派経済学に出てくる? 出てきません

 新古典派経済学は、物々交換経済学であると述べました。生産物と需要に介在する、貨幣という存在を、そもそも彼らは論じておりません。
 ゆえに「貨幣=負債」という概念も、新古典派経済学では出てきません

 では「貨幣=負債」とは、どういう意味なのでしょう?

 非常に当たり前のことなんですが、負債=何かしらの需要ですよね? 金利以外は。

 現代貨幣理論(MMT)でいう「貨幣量が多くなれば」は、「需要が多くなれば」に置き換えることが可能です。
 もう一度、貨幣の中立性を見てみましょう。

  1. 貨幣は物価にのみ影響を与える
  2. 雇用の増減には影響を与えない=需要は増えない
  3. 需要が増えない=政府がいくら需要(政府の需要創出)をしても、意味がない
  4. 政府の需要創出は意味がないので、小さな政府でOK
  5. 物価には影響を与えるので、金融緩和さえすればインフレになる

 新古典派経済学では「貨幣が多くなっても、雇用や生産量=需要は変わらない」と論じます。現代貨幣理論(MMT)では「貨幣量=需要」です。

 リフレ派は「金融緩和でインフレ! 政府は緊縮でもOK」と言っていたのは、貨幣数量説。現代貨幣理論(MMT)が「デフレでは財政出動」と主張することと「全く異なる」のは一目瞭然です。

貨幣負債論=信用貨幣論

市中銀行による信用創造(貨幣創出)のプロセス

 貨幣は明らかに負債です。日本銀行のバランスシートを見れば明らかです。
 信用創造とは「負債=(資金)需要」が新たに作られる、プロセスなのです。

 政府の財政出動は”国債”という負債を、(最終的には)日銀から資金調達(ファイナンス)して可能になります。
※この場合、統合政府論を念頭においてください。
※過程で市中銀行が絡んでくるだけです。

 信用創造とは「貨幣=負債=(資金)需要」ととらえる概念です。
 逆説的に「貨幣=負債ではない」とするのなら、オンデマンドサイドとしての経済の理論体系が”崩れます”。

 なぜ”崩れる”と断言できるか? ケインズはクナップの貨幣国定説(租税貨幣論)を支持しました。ケインズ理論の前提条件は、そもそも信用貨幣論です。
 なぜなら、ケインズは1970年代までのブレトンウッズ体制を、支持していなかったからです。
※会議にてホワイトとケインズは、兌換紙幣(金本位制度)か不換紙幣かで最後までもめた。

経済学の二大潮流と貨幣論

 現在の経済学は主流派経済学、いわゆる新古典派経済学(新自由主義)と、ケインズ理論に分かれます。
 1つ言及すると、マルクス経済学も本質は、新古典派経済学と一緒です。

 マルクス経済学と新古典派経済学が一緒? と思われるでしょうが、社会を静的にとらえ、物々交換経済学な点では「同じ種類」とみなさざるを得ません。
 また「理性が一般原則や普遍的原則を導く」という思想も、まったく同一です。
※私は共産主義と新自由主義を「表現を変えた、一緒のもの」とみなしています。この話は、また後日に書きます。

 閑話休題。
 なぜこのような二大潮流ができたのか? 答えは「貨幣論の違い」にあります。貨幣論には基本的に2種類しかありません。

  • 商品貨幣論=サプライサイド
  • 信用貨幣論=貨幣負債論=現代貨幣理論(MMT)=オンデマンドサイド

 それ以外の、体系化された貨幣論は”存在しません”。どちらかに源流を置くのが貨幣論です。ゆえに経済論も新古典派経済学と、ケインズ理論や現代貨幣理論(MMT)に分かれるのです。

歴史の必然と現代貨幣理論(MMT)

 現代貨幣理論(MMT)が「ほとんど必然として、世に広まっている」という現象を、書いておきます。

 現在の世界はグローバリズムの後遺症に、苦しんでおります。移民拡大、小さな政府(日本以外で、デフレになってもやっているバカな政府はいませんが)、格差の拡大、大企業による寡占。

 「とにかく、積極財政をやったらいいんだ!」と叫ぶことは簡単です。
 しかし――積極財政の議論は広まりましたでしょうか? 三橋貴明さんが運動を始めてはや10年以上。少なくとも実行されていません。

 このまま「経世済民で、積極財政だ! 機能的財政論だ!」とやり続けて、広まると誰が断言できますか? できません。
 運動にかかわってきた1人として、忸怩たる思いです。

 「正論を言ってさえいれば、言説は自動的に広まる」という認識は、もう捨てましょう。
 様々な切り口から、手を変え品を変え、工夫して広めていくしかないのです。

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