備えあれば患いなし。それは各家庭のことだけでなく、国土にも言えることだ。カネでは命は戻らない。

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別に山さんが出てくるわけではない。しかし、死んでからカネもらってもどうしようもない。大幅に壊れて半分ぐらいのカネをもらっても、復興に苦労するのは変わらない。国家は、傷ついたところを早くしっかり修復することで、持続可能な組織たるものになるのである。(ブラックエンジェルズ)

https://www.jishin-hoken.jp/
新しい時代を地震に備える時代へ 財務省

地震保険についてのサイトである。阪神淡路大震災を経験した自分としては、住宅を建てる際には必ず地震保険に入るようにはしている。地震も程度にはよるが、修復できる程度の損壊であればそれを修復するだけの保険に入っておくということは必要な対応だとは思う。しかし、この地震保険は、全額が保証されるタイプのものではない、ということは注意したいところではある。そういう意味では、まったく体力がなければ、修復もままならないということであるから、実に多くの前提で成り立っている保険といえるだろう。

財務省が奨励している地震保険は、多少の役には立つものではあるが、自助に頼る部分が大きいものである。事実上の税金のような感覚で設定しているような気にもなってしまう。あるいは、保険業界の食い扶持を増やしているということなのか。国としては、こんな中途半端な制度だけでお茶を濁しても、地震被害からの復興に役立つものではない。建物の強度を高めることがある。そのための費用を軽減するための制度を柔術させることだろう。また、実際地震が起こって、損壊した場合は、地域一帯が多くの被害を受けるため、その復興に惜しげもなく予算をつけて、復興を加速させる。そういうものを含めた、予算配分を柔軟に行うことが、予算権を握っている官僚が国家のために役立てることである。ほかの省庁の官僚を支配したところで、安倍晋三的な権力欲を満たすことができても、国家の未来には何の役にも立たないのである。

各家庭でできることもあるが、被害が広範囲に及ぶ地震被害においては、自治体でも厳しい場合もある。国家レベルの対応が必要なことは、これまでも何度も経験してきたことである。それに対して、迅速に復興の仕事を進められる予算配分を原則として行う、というのが財務省に本来求められる使命だろう。財政健全化なる、国家の実体にはほとんど役に立たない約束事は、形骸化して最終的にはなくしてしまうことが大事である。

カネを渋るのではなく、カネを必要なところに投入する。それは実体に対する予算の投入であり、カネを搾り取るという、権力欲を満たすものではない。そんな官僚は、悪代官でしかない。自分たちのくらす国家という社会基盤を未来に残さないというひどくまずい結果をもたらすだけなのである。

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