”政府がカネを使わずに経済成長できる”という打ち出の小槌なんて存在しない

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『なぜ日本の政治家は経済音痴か?』(小幡績/慶應大学大学院経営管理研究学科(慶應ビジネススクール)准教授)
https://agora-web.jp/archives/220630092929.html
「謎だ。選挙の公約あるいはとても実現しそうもない主張を、各党が絶叫しているが、外交・防衛に関しては、立場によって一応あり得る政策が多いが、不思議なことに、経済政策に関しては、すべての党の主張が間違っている。ここでいちいちどう間違っているかは議論しないが、私にとって一番不思議なのは、ここまで経済政策が滅茶苦茶なら、外交や防衛についても同じくらい滅茶苦茶なはずなのだが、どうみても経済政策が断然意味不明だ。他の科目はまともなのに、算数だけ極端にできない小学生みたいだ。なぜなのだろう?(略)」

小幡氏は、参院選で各党党首、とりわけ野党から“消費税減税”や“給付金支給”といったバラマキの声が上がっているのがお気に召さぬようです。

コラムでも、「ここまで経済政策が滅茶苦茶なら、外交や防衛についても同じくらい滅茶苦茶なはずなのだが、どうみても経済政策が断然意味不明だ」と愚痴をこぼしたうえで、「財政破綻したら、年金増やせ、消費税減らせ、などと言っている場合ではなく、医療崩壊、介護崩壊、年金ももちろん崩壊、すべて滅茶苦茶になり、多くの高齢者、多数を占める有権者は路頭に迷い、政府いやそれを招いた政治家達にとてつもない恨みを持つだろう。それでもいいのだろうか?」と疑問を呈するというか、国民を恫喝する始末です。

彼にとって、昨今のコストプッシュ型の物価高騰や30年近くも給料が上がらない異常事態など些末な問題にすぎず、財政破綻を回避することこそ最優先事項だと訴えていますが、どう見ても異様ですよね?

まず、日本が発行する国債はすべて円という自国通貨建ての内国債であり、日本政府が円の無限発行権を有している以上、財政破綻など起こるはずがありません。
微塵も有り得ない微粒子レベル未満のリスクがあたかも顕在化するかの如く誇大に喧伝し、医療崩壊だの介護崩壊だの年金崩壊だのと騒ぎ立てるのは、風説や虚偽情報の流布にも等しい大罪でしょう。

年金や医療、介護などの社会保障制度が崩壊に危機に直面するとしたら、その発火点となるのは制度の支え手となる勤労世帯の所得不足と中小企業の収益不足です。

現に国民負担率のうち「社会保障負担」は、
1982/9.8%→1992/11.2%→2002/13.9%→2012/17.1%→18.7%
と右肩上がりで増え続けています。

一方、国民の平均年収はピークの1997/467万円→2020/433万円と四半世紀近くもかけて7%超も減り続けているのに負担は倍増(+税負担も)ですから、家計の消費力は著しく低下し、それが国内産業の売上減少や生産力弱体化につながるという負のスパイラルを生んだのです。

社保制度を弱体化させたのは、日本の財政危機などではありません。
30年以上にも及ぶ緊縮政策がもたらした国民所得と中小企業収益の低迷に他なりません。

小幡氏は、「日本が経済成長しなくなったのは、無駄にカネをばらまき、将来への投資企業も個人も政府もせずに、目先の消費だけのことしか考えなくなったからである。投資しなければ成長しないのは明白」だと叫んでいますが、勘違いも甚だしい暴論です。

彼のように近視眼的な経済観の持ち主は、やたらと“投資”を賛美しますが、投資さえすればそこに勝手に収益が生まれると妄想していませんかね?

投資の先には、カネを受け取った者が投資資金を基に何らかの事業を興し、そこで生じるモノやサービスに対してカネを支払う購買者や消費者の存在が絶対に欠かせません。

投資金の行き先が金融投資や不動産投資のケースもままありますが、結局最後は同じことで、投資(=投入した資金以上の収益を付けて還元されるのを強く期待すること)されたカネは何らかの事業を通じて増やさねばなりません。

投資金を起点とする事業が元金を上回る収益を上げるためには、相当に強烈な勢いで消費者や需要家の支持を得るだけの魅力的なモノやサービスを提供する必要があり、「過熱気味の経済環境・伸び続ける所得・旺盛な消費意欲」という三要素が不可欠です。

投資が投資として成立するためには、ダイナミズムに満ち溢れた経済環境が必須なのですが、投資を賛美したがる論者は、こうした基本知識を見落としがちで、ただ単に投資さえすれば、白馬に乗った王子様が表れ収益を運んできてくれる、と妄想しがちですよね。

要するに、彼らは経済オンチで幼稚なんです。

小幡氏は、「歴代の政府がカネをバラ撒き、国民や企業、政府もこぞって投資を怠ったから経済成長できなくなったんだ」という趣旨の発言をしていますが、まったくの事実無根です。

日本政府が30年前からムダなカネをバラ撒いていたとしたら、いまごろ日本は成長軌道の延長線上にあり、国民の平均年収は1000万円に迫る勢いで誰もが豊かな暮らしを享受でき、優雅な海外旅行を楽しむ人が増えて「国民は海外旅行、外国人は日本国内旅行を楽しむ」構図が一般化していたでしょうし、新車の買い替えサイクルも3年を割り“車検”が死語になる(=車検を通す前に買い替え)世の中になっていた筈です。

我が国が先進国で唯一、成長から見放された最大の要因は「緊縮思想にかぶれた政府がバラマキを止め、国民もそれを賛美したこと」です。

家計であれ、企業であれ、カネを使わぬ社会には優れた技術もサービスも生まれず、そこには成長など生じ得ません。

緊縮政策下で経済成長を望むのは、飢餓状態で運動を強いたり、瀉血して健康を保とうとしたり、ガソリン抜きでアクセルを踏み込もうとするのと同じ愚行であり、合理性や論理性の欠片もありません。
そんなものは如何わしい“迷信”でしかないのです。

政府がカネを使うことなく一国を成長させることなど絶対に不可能なのです。

小幡氏のように、“緊縮財政で国民が豊かになり産業が発展し国が成長する”という打ち出の小槌紛いの妄想を信じる方が遥かに謎ですね。

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