金は天下の回りもの。ピンポイントで賢く補償ではなく結局は広く全体に補償するしかない。

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強い思い込みでそれをやってしまうとおかしなことであれば、戸惑う反応をすることは当然だろう。しかし、戸惑うことが悪だと思い賢くあれと思い込みすぎて、おかしなことをやっていることに反応できなくなるのはまずいことなのだ。(極黒のブリュンヒルデ)

政府のコロナ感染症拡大問題に対する経済対策は、基本的には必要がないという判断のもと、コレまであったコロナ対策用の補償制度を期限切れでそのままやめていくような状況で、第三次補正予算の検討においても、的を絞った経済政策をしきりに訴え、効果がありそうなところはどこかという、絞り込みの方を優先にする考え方で決めていきつつある。第2次補正予算までの結果においても、いろいろな名目で目的別の補償が多くある割には量も利用するためのハードルも補償がなされるまでの時間もかかるような制度、それは、平時の余裕のあるときの制度の焼きまし似すぎないものが多くある状況にある。

そもそも、賢く効果的なところに絞り込むということなどができるのか、ということについて、大きなヒントとなるような現実の経済状況が日経で報道されている。

水産卸や氷店「我々も限界」 飲食店時短で取引激減
新型コロナウイルスの感染拡大に伴う愛知県などの要請を受けて多くの飲食店が営業時間の短縮や休業に入り、取引が多い水産卸業者や氷店らも大きな打撃を受けている。「飲食店と同じくらい経営は厳しい」。政府が取引先に対する支援策を打ち出したものの、飲食店と比べて少額だとして不満の声も上がる。

外食業界が緊急事態宣言やあるいは、コロナにおける外出自粛の影響で大きな打撃を受けていること、更には、夜8次意向の営業の自粛を強要されている状況から、政府や自治体も少しばかりの協力金を出すような対応をとっている。それは、上でいった賢く効果的なところに絞り込んだ補償の一種であろう。ただ、「絞り込む」似重きが置かれすぎているために、その量的な規模が少ないというのは相変わらずであるが、問題は、本当にそこだけでいいのかという問題である。

金は天下の回りもの、という言い方はよく知られているが、要するに、カネは売り買いが生じたところで消えてしまうことがなく、それが連鎖して経済全体が回っているという事実を的確に表現したものである。要するに飲食業界はそこでの商売だけで閉じているわけではなく、少なくとも食材を調達する業界ともつながっている、ということを示したのが上の話なのである。要するに、ここだけでいいだろうということをうまく考えたつもりでも、影響はそこだけで収まらない。しかも、補償の規模が小さすぎるがゆえに、自分たちの他にその影響を及ぼす余裕もなく関連する産業に対する影響も少なくなってしまうのである。要するに、賢くピンポイントに絞り込むということは、その「理性」に頼りすぎるがゆえに失敗してしまっているということだ。影響がわからないのであれば、多めにできるだけ広く対応することから初めて調整することが大切なのである。

そういう意味で、10万円の国民数多への給付というのは、的を最大限に広げた対応であり、賢くなく、絞り込みもしていないが、金は天下の回りもの、という意味ではむしろ的確な対応と言えるだろう。

日本の場合は、コロナによる経済活動抑制だけでなく、平成の大部分で続けて実施されている緊縮財政による経済構造が破壊された状況というものがあり、それを癒す必要があったことを考えれば、コロナの影響というレベルで経済政策の対応を考えてはいけないことが想像される。それは、「賢く」「ピンポイントで」「絞り込む」経済政策はほとんど意味を成さないことを意味するのである。

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