コロナ災禍で金もうけと豊かさの関係を考え直す。何が正義なのか。

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動画は、全体のイメージで伝わるものであって、一瞬を切り取ったときには、伝わるものが変わってしまうこともあるだろう。ただ、この瞬間を書いている人はいるが、それはあくまで動画の流れの中の一つを書いているというイメージをもって書いているはずである。そうでなければ、浮いてしまうものだ。経済のとらえ方も一部を極大化して見すぎるとおかしな方向に行ってしまうことは当然なのである。

「お店」は文化か経済か
新型コロナウイルスの感染拡大に伴う外出自粛期間中、街中で目立ったのは店舗での行列だ。おうち時間が急激に増えたからだが、個人消費の実店舗への依存度は高く、デジタル消費も海外に比べると遅れている。なぜ狭

日本経済新聞 電子版 「お店」は文化か経済か

新型コロナウイルスの感染拡大に伴う外出自粛期間中、街中で目立ったのは店舗での行列だ。おうち時間が急激に増えたからだが、個人消費の実店舗への依存度は高く、デジタル消費も海外に比べると遅れている。なぜ狭・・

相変わらず結論が先にある話なので、結びつけが少々強引な記事ではあるが、話のネタとして出てくるものは、別にお店はカネもうけできればそれでいい、という話にはならないだろう。そして、気になるのは、上記の記事の編集委員が経済をカネ儲けのことだと考えていることである。経済は、生活のための需要と供給の連鎖である。金儲けができることが目的の話ではない。そういう意味では、お店は、経済の中にしっかり根差すものでなければならない。単なる単店舗の金儲けが目的の営業をしているとすれば、退場いただいた方が社会のためになる。その生活の連鎖の一部であるということは、それを使う人にも影響を与え、逆に影響も与えられるものである。それが長く続けば、文化といえるものを醸し出してくるだろう。

生活に根付いて、長くそこにいることで、お店は経済でも文化にでもなる。両方に役立てば、社会の豊かさにつながってくる。生活の豊かさ、そこに住む人間の心の豊かさにも影響するかもしれない。それこそ文化だろう。人や社会の豊かさは、決して金儲けのうまさで測れるものではない。それは、副作用として生まれることがあってもそれが主体になった瞬間から、人々の豊かさを破壊し始め、それを止められなかったらそれが増長し続け、最終的には、文化や「経済」の破壊者になってしまうのである。

日経をありがたく読んでいる人には、経済は各企業の金儲けという意味でしかないが、その視野で、社会を見ていると結局いつまでも、自分が豊かになれないのである。金儲けだけの人間活動など、ひとの心をむしばんでいくばかりで、結局は、人生がさもしいものになっていくのである。カネは道具にすぎず、それを搾取し集めたところで、社会の機能を阻害するだけなのである。

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