スーパー国家戦略特区である、いわゆるスーパーシティー法成立は、竹中平蔵の悲願だった。

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いいこと言ってる風に聞こえても、どの部分についていっているのかは、よく考えた方がよい。特に考える対象が大規模になればなるほどその影響範囲はたどっていけば自分では驚くほどの広範囲にわたる。それが好循環とは限らず、たいてい悪影響を含む。そこをどう担保するのかというところまで考えられなければ、そこに対する責任が伴うというものだ。

スーパーシティーというと、沢田研二のTOKIOを思い出してしまうのは、それなりに都市を食っている証拠には違いないが、ある意味、東京などの行きつく先を表す言葉でもあるかもしれない。この制度を規定する法律は国家戦略特区を定める法律であり、それにスマートシティといわれる、IT技術を使った、便利な都市国家を形成するという側面がある。当然のように、竹中平蔵はその側面だけを強調して、そこに暮らす市民を巻き込む経済活動が高度化することを喧伝してやまない。

それを規定する法律が、国家戦略特区の法律であることは、決して偶然ではない。この国家戦略特区というのは、現状の法律では規制が強くて許せない内容について、指定された地区に限って、規制を緩和して、実施できるというような内容であった。これまで、カケ学園の獣医学部の問題で使わたのがこの制度であり、この制度を適用できる適用対象が、恣意的な判断で決定されているのではないかという疑惑が状況証拠的にはぬぐえない状態のままである。検察や司法においても、そのような疑惑についての判断は問題なしということである。この国民から見た認識と司法や行政による判断のずれは、国家戦略特区という制度そのものの本質をついているモノであろう。

その制度の運用は、うまくやればよい使われ方になるが、国益とは関係のないところへの利益誘導に使えば、帰省によって守られているものが破られるだけになり、国益を棄損することになる。

そんな国家戦略特区が、スーパーになるという。その中の説明では、指定される地区が、いわば独立ミニ国家としてふるまうなどというたとえが用いられている。国家戦略特区でやりたかった、多くの利害関係者を排して、カネ儲けにからむ関係者のみが、彼らにとって都合の良いやり方を勝手に決められるという、TPPや、経済関係の首相諮問会議でやられてきた、民主主義の仕組みの破壊を、より狭いところで、より強力に行うことを意図していることは、明白であろう。

運用する人間の守銭奴・売国奴ぶりを思えば、国内の企業が儲かるというだけにとどまらず、外資も直接間接の方法で入る今できることを防ぐことができない。それは。独立ミニ政府が勝手に決めることである。そして、そこでの内容が、「成功」したとするのもおそらくその独立ミニ政府の言うことの垂れ流しにすることができ、その成功を根拠に、全国展開されていくのである。

こんな国家破壊の監視すらできない制度は、あまりにも不健全である。竹中平蔵がニコニコしながら裏側で考える本音をよく知らないと、このような大穴をあけられてしまった状況で、例えば、愛知県や大阪府あたり、あるいは東京都のような、経団連の大物企業、あるいは、改革大好きな知事がいる自治体などから、この破壊は、帰省というタガを外して加速的に進められる可能性が高いのである。名前のいいところだけを見て、喜んでいる場合ではない。仮にそういうIT技術を導入するのであれば、それこそ慎重にやる必要があるだろう。上前を撥ねる、あるいは、人心を強力にコントロールするというやり方を拙速に実験する形でIT技術を試すことが我々の国益ではなく、我々が本当に豊かになれるIT技術を使いこなす方法を見つけていくことが本来の目標であるべきなのだ。

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