通貨発行権に限界はない

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先々週、次回の進撃コラムに何を書こうかとネットを検索した際に、ダイアモンド・オンラインの記事に、ニューカッスル大学教授 ビル・ミッチェル氏のインタビュー記事が掲載されていました。

『MMT名付け親の経済学者が断言「財政政策中心の新時代が幕開けた」』

MMT名付け親の経済学者が断言「財政政策中心の新時代が幕開けた」
「反緊縮」の理論的支柱になっている「MMT」が脚光を浴びるのは、主流派のマクロ経済政策が機能していないことへの不信がある。格差拡大などの市場の失敗が看過できない状況で財政の役割が増している。

記事の紹介文に「主流派のマクロ経済政策が機能せず、信頼しない人が増えたことが、新しい財政政策中心の時代の幕開けになった」とあるとおり、ミッチェル氏はMMT理論に立脚した財政政策中心のマクロ経済運営の重要性を訴えています。

私は、記事中にあった彼の三つの言葉に感心しました。

一つ目は、

「主流派は国債を増発すると、国債価格が下落して金利が急騰するから、借金漬けの財政は回らなくなると言う。しかし通貨発行権を持つ政府はいくらでも貨幣を発行できる。制約をどうして受けるのだろうか」

と、通貨発行権の無限性や非制約性を強く訴えたこと。

二つ目は、

「新自由主義を克服するのも国民自身だ。福利が向上するように政府はお金を使えと政治に圧力をかけるのだ」

と、国民自身が貨幣の原理や政府によるマクロ経済政策の目的・役割を理解し、政府にそれを求めることの重要さに触れたこと。

三つ目は、

「いまの各国経済の現実を考えれば、財政政策中心でやるしか方法はない。そうでないと深刻な不況になってしまうだろう」

と、“不況=需要不足→緊縮財政無効論+金融政策機能不全論”を訴え、21世紀のマクロ経済政策は財政政策を主軸とすべきという常識論を披露したこと。

いずれも、長年にわたり積極財政論を主張してきた私たちにとっては「常識中の常識」ですが、比較的メジャーな経済誌に積極財政論を堂々と訴えた彼の姿勢には改めて敬意を表したいと思います。

よって、今回のコラムでは、彼の「われわれは、貨幣は政府が税の支払い手段として流通させたもので、価値は政府の信用で裏付けられているという考え方を取っている」という馬鹿々々しい租税貨幣論へのツッコミは控えておきましょう。

さて、常々私は、超積極財政論者として、国民の懐を豊かにし、国民が“明日は今日より良い日になる”と信じて力強く歩み続けられる社会を実現するために、経済政策に聖域を設けず、遍く広く富が行渡るよう聖域なきバラマキを強く訴えています。

バラマキ(超積極財政)という手段の善悪や清濁に拘ったり、固執したりするのは下策、バラマキの向こうにある「豊かで力強く成長し続ける社会」という結果や目的の実現に全力を注ぐことこそ上策、というのが私の信条です。

当然ですが、バラマキという異色の政策(私にとっては極めてcommonsensibleなんですが…)に対して、世間から強い反発があり、そればかりか、同じ積極財政論者からもしょっちゅう批判を受けています。

バラマキへの批判は、大まかに二通りあります。

一つは、「国債や通貨下落によりハイパーインフレをもたらす」

もう一つは、「カネを浪費するだけで生産性向上に役立たない」

といったところでしょう。

バラマキ批判論者のアホらしさは、普段は供給サイド中心でしかモノを考えない(=需要の役割りをガン無視する)くせに、積極財政の話をした途端に、「需要が爆発する。消費が暴走する」、「供給サイドは何の対応もできない」とオロオロし始める点です。

我が国のみならず、先進諸国の供給力や生産力、流通力は、1990年代以降飛躍的に発展しており、ハイパーインフレどころか、二桁レベルのインフレを起こすのさえ至難の業と言えましょう。

なにせ、ガーナ・ギニア・リビア・マラウイあたりの何を生産しているのかよく判らない国々でさえインフレ率は9%台に止まり、ミャンマーとかバングラディッシュ、パプアニューギニアといったいい加減な国々でさえインフレ率は6%を下回る世の中ですよ。

いったい、どうやったら、日本やアメリカのような国で、10%を超えるインフレを起こせるんですかね?

幸い、ミッチェル氏も「国債増発によるハイパーインフレは起きえないし、通貨発行権を持つ政府に財政的制約はまったくない」という趣旨の発言をしていますし、たかがバラマキ程度のことでハイパーインフレを心配する必要はありません。

積極財政論者を称する一部の方々の中には、たとえば、ベーシックインカムで数十兆円レベルの財出をすると、たちまちハイパーインフレになる!とビクつく方もいらっしゃいますが、まずは落ち着いて、あなた方が敬愛するミッチェル氏の言葉をじっくり噛みしめてみてください。

彼は、通貨発行権という大権を有する政府に財政的制約など存在しないと断言していますよ。

冒頭にご紹介したミッチェル氏の「福利が向上するように政府はお金を使えと(国民は)政治に圧力をかけるのだ」というセリフは、スペンディングファーストの精神、つまり、財源論を脇に置き、社会的課題克服(この場合は福利の向上)を最優先せよ、そのために必要なカネの支出を惜しむな、という積極財政論の原理原則を説明したものと理解します。

これを納税(歳入)と歳出との手続き上の後先論でしか理解できないポンコツもいるようですが、大切なのは、“納税が先か、歳出が先か”という順序論ではありません。

そもそも、税は歳出の財源ではなく、国家の財政運営にあたり納税など不要(ただし、社会的不公正や富の偏在の是正という税の役割り論とは別次元の話)なんですし、歳出の財源なんて、国債発行や貨幣製造でいくらでも調達可能ですから、財源論など後回しで、国家に山積する社会的問題の解決に全力で当たるべし、というのが、ミッチェル氏の発言の趣旨でしょう。

「財政政策中心の新時代の幕開け」というのは、まさにそのとおりで、カネが溢れることによるちっぽけな弊害にビビるのではなく、カネ不足がもたらす技術の死や人材の枯渇にこそ最大級の恐れを抱くべきです。

財政政策中心の経済政策とは、需要が主役となり、消費が経済を主導する社会を見据えた方法論です。

しかし、ここで見誤ってはいけないのが、需要や消費の立ち位置です。

私はそれらを“主役”と表現しましたが、正確には「生産力や供給力という国富を強靭化し続けるために必要な“主食”」と言うべきでしょう。

ただし、主食である以上、その栄養に偏りがあってはなりませんし、あらゆる経済主体に対して“遍く、広く、分厚く”分配すべきです。

ゆえに、バラマキは聖域なく行われるべきですし、その手段(政策内容)も多様でなければなりません。

最後に、「カネを浪費するだけで生産性向上に役立たない」というバラマキ政策に対するもう一つの批判にも反論しておきましょう。

”労働こそ最上の価値”と疑わぬ労働本位制の信者は、労働なきバラマキは無意味だと言い張りますが、私はこれを是とはしません。

労働価値に見合わぬ対価、つまり、”対価なき労働”こそ無意味であり、労働価値に見合った対価が支払われない経済社会は、やがて労働そのものへの意欲を減退させるからです。

労働本位主義者ってのは、本当に世間知らずですね。

現実の経済活動において、カネの浪費(=消費拡大)の対岸に何が起きるのか、まったく解っていません。

カネが使われた際に何が起きるかなんて小学生でも解りますよね。

そう。モノやサービスの生産、つまり、労働の活性化です。

大正バブルの成金みたいにロウソク代わりに紙幣を燃やすなら別ですが、カネを使うという行為は、必ずモノやサービスの提供とイコールで結ばれ、労働を生み出します。

しかも、カネを浪費(=消費額の拡大)できる経済環境は、モノやサービスに対する支払い意識を弛緩させ、モノやサービスの付加価値向上につながり、ひいては労働の生産性を引き上げます。

カネが大量かつ頻繁に使われれば、モノやサービスはそれに牽引され、より高度化し、高付加価値化されるでしょう。

「カネを浪費するだけで生産性向上に役立たない」なんてセリフは、周回遅れも甚だしい朱子学レベルの妄想でしかありません。

需要なき生産性向上などあり得ませんから。

さて、冒頭にご紹介したミッチェル氏の記事を読み、我が意を得たりと膝を打った積極財政論者も多いでしょう。

いまこそ、くだらない政策選択論など棄てるべきです。

”アレはダメ”、”コレは生理的にムリ”なんて駄々をこねている場合ではありませんよ。

日本経済の復興を目指して彼の言葉を咀嚼し、積極財政論の幹をより太くする努力を払いたいものですね。

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4 years ago

 初めてコメントさせて頂きます。twitterに支那とロシアの嫌味を大量に書き込んで見事に出入り禁止になったkuniyoshi1968です。お書きになられた事に全く同感です。うずら様の主張されている「聖域なきバラマキ」こそ庶民をおカネの問題から解放し、同時に強い日本(ストロング・ジャパン)をも実現する極めて即効性の強い特効薬であるのは疑いようがありません。「聖域なきバラマキ」が最早議論の余地のない社会常識となった暁には、我が国の庶民は経済的にも精神的にも満ち足りた生活を手に入れる事ができ、特に氷河期世代を筆頭とする平成以降の自民党の「改革」路線で犠牲になった方々にもやり甲斐のある職業と十分な収入を与える事で彼らに勇気と自信を取り戻させてやる事ができます。無論国防にも外交にも潤沢な資金投入で我が国はこれまでにない強国に生まれ変わるでしょう。今後も微力ながら応援させて頂きます。なお、アタシが既存のアメブロとは別に立ち上げたライブドアブログ「孤高を貫く日本人の会/http://kuniyoshi1979.blog.jp/」のリンク集に貴ブログを加えさせて頂きました。うずら様の御主張が一日も早く日本人の常識とならん事を!

3 years ago

[…] 通貨発行権に限界はない先々週、次回の進撃コラムに何を書こうかとネットを検索した際に、ダイアモンド・オンラインの記事に、ニューカッスル大学教授 ビル・ミッチェル氏のイン […]

当ブログは2019年5月に移転しました。旧進撃の庶民
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