令和になって4ヶ月 手遅れになる前に日本人は当事者意識を取り戻せ

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令和の時代がスタートして4ヶ月以上が経ちました。来月に即位の礼、再来月には大嘗祭も行われます。私は、5月2日のブログで、本来なら国民の不断の努力によって維持するしかない平和や防災等の安全保障をただ願うだけになってしまっているような日本人の当事者意識欠如という戦後体制の弊害を正さなければ令和を良い時代にすることはできないというような主旨の投稿をしました。  しかし、未だ多くの日本国民が当事者意識を失ったままのように私には感じられます。今月、関東地方に上陸した台風15号で15日現在も千葉県の13万戸以上で停電が続くなど甚大な災害となったにもかかわらず、積極財政を求める世論の声は小さいままだからです。この災害は平成の30年間の緊縮財政で防災への投資が疎かになったツケであり、今、日本人が当事者意識を取り戻さなければ30年後に同じことを繰り返すのは必至でしょう。急激な気候変動は進行し、南海トラフや首都直下等の巨大地震のXデーも刻々と迫っています。
 

そこで今回は、5月2日のブログ記事を再掲します。手遅れになる前に少しでも多くの方に気付いていただければ何よりです。

 

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【再掲】令和になっても変わらぬ日本人の当事者意識欠如

令和の時代がスタートしたことをうけた街ゆく人達へのインタビューが頻繁にテレビ等で流れているが、それを聞いて私はこの国の未来に不安を感じた。多くの方が令和は「災害の無い時代になってほしい」とか「平和な時代になるように願いたい」などとインタビューに答えていたからだ。

願うだけでは安全は手に入らない

  私も勿論、災害は無いほうがいいし、平和を望んでいるが、現実には誰も望んでなくても平成には大災害が頻発したし、日本はたまたま平和が続いたが世界では紛争やテロはあとを絶たなかった。にもかかわらず令和になっても残念ながら、敗戦後に米国の強大な軍事力によって日本人が何も努力しなくても平和が与えられたことからくる当事者意識欠如状態が今も続いているようである。

日本人一人一人の努力以外に安全を実現する方法は無い

平成の時代には政府の緊縮財政に対して国民が無関心だったために、事前の防災・減災対策が不十分になり自然災害の際の被害拡大をまねき、予算不足でその復旧・復興も遅々として進まなくなるといったことがしばしばあった。日本以外の普通の主権国家では、平和というものは有権者が政府を動かし、国防体制の整備など自国の不断の努力によって維持するものだと認識されている。日本の場合、軍事的脅威に加えて自然災害も安全保障上の課題だが、軍事侵略は抑止力を背景とする外交によって相手に思い止まらせることができるが、地震や豪雨は人間の力ではその発生自体を止められないぶん厄介だ。なので自然災害に対しては、堤防の整備や住宅耐震化、都市機能分散化などの被害を最小限にするための事前対策、迅速な復旧・復興を可能とする体制構築などの政府、国民の不断の努力が求められよう。

令和を良い時代とするために私達に出来ることはたくさんある

令和を良い時代にするには、防災・減災や復旧・復興の予算大幅増額など政府の財政運営の積極財政路線へのピボット(転換)の実現のために当事者意識を取り戻し、国民一人一人が願うだけでなくそれぞれの立場で出来る行動を起こすという国民の意識の転換(ピボット)が必要だと思う。何をしたらいいかわからないという方も少なくないとは思うが、令和の政策ピボットに賛同し、SNS等で拡散するなど私達にも出来ることは結構あるのではないだろうか。

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Muse

>私はこの国の未来に不安を感じた。多くの方が令和は「災害の無い時代になってほしい」とか「平和な時代になるように願いたい」などとインタビューに答えていたからだ。

誠に仰る通りで、本来ならば、例えば「毎年不可避的に起きる災害に備えて、各自治体レベルでも国レベルでも迅速な災害復旧と被災者支援の準備を整えるとともに、全国的規模での防災減災対策として各種インフラを整備して欲しい」とか、「(いまや日米安保による核の傘など頼りにならないので)核武装ないし核シェアリングを含めた自主防衛体制を構築し、東アジアの安全保障面での均衡を保ちつつ我が国の平和を維持し続けて欲しい」とか答えるべきです。

そして、この日本国民の当事者意識の欠如は、先の大戦を真の意味で総括することなく、憲法9条擁護によるお花畑平和主義か、あるいは日米安保体制がもたらす対米従属主義の風潮の中で、ただひたすら思考停止と現実逃避を続けてきた戦後日本人の特性に基づくものだといえます。

あえて苦言を呈するとすれば、「当事者意識を欠如したわが日本国民は、自ら国家と民族の命運を左右する立場にあるという自覚や覚悟など微塵もなく、また、時の為政者による内政外交両面にわたる度重なる失政に対して全く無頓着であり、国家の没落していくさまをただ指をくわえて見ているだけの存在になり果てた。もはや民主主義国家における主権者としての資格を自ら放棄したに等しい」。

このように、日本国民の体たらくを叱咤激励するような言論人や、そうした言論を積極的に取り上げるメディアが現れない限り、多くの国民はなかなか自覚できないといえます。あるいは、我々一般人が国民自身の覚醒を促す主張を、SNS(特にTwitter)で繰り返し声高に叫んで、徐々に拡散させていくしかないかもしれません。

当ブログは2019年5月に移転しました。旧進撃の庶民